とは言うけれども、ほとんどのまともな人は(大人も子どもも)、それが仮想現実であると分かった上でゲームで遊んでいる。というか、仮想現実だと分かっているからこそゲームを楽しめる。
ふつうの子どもや大人にとって、テレビドラマやテレビゲームは、それが「フィクション」であり「ゲーム」であるというメタ・コミュニケーション的了解のもとで果たされる。まちがいなく現実の遊びや観劇の経験である。ここには厳密にいって、虚構と現実の境界侵犯はない。ゲームのなかでモンスターを殺し、あるいは死んでもすぐまた生きかえるからといって、プレイヤーが死ぬということ、殺すということの思い意味を理解しなくなるというのは、あまりに短絡した主張である。
西村清和(1999)『電脳遊戯の少年少女たち』講談社現代新書1472 140ページより引用
ゲームと現実の区別がつかないような人は、たとえゲームを規制したところで他の何かに影響を受けておかしなことをするんじゃないの?
首都高でレースすることはできないから、グランツーリスモ5のスペシャルステージルート7で競争して楽しむ。そういうものでしょう。
それから、エロゲに関してよく論点になっているのは、間接的な女性への暴力ではないのかという点など存在そのものを有害視する態度だと思う。
都知事選出馬表明の松沢氏「首都圏で"暴力ゲーム"規制する共通ルールを」 http://news.nicovideo.jp/watch/nw39910 こういうネタが定期的に話題になるんだけど、 賛成派・反対派の両意見に対...
ゲームは自分で操作できるという点で、仮想現実の要素を含みやすい。 とは言うけれども、ほとんどのまともな人は(大人も子どもも)、それが仮想現実であると分かった上でゲーム...
だから、ゲームが与える影響はマンガ,アニメ,ドラマが与える影響とは 別に考えなきゃいけないんじゃないの、と思う。 それはその通りなんだが、規制を推進する側がまず全然考...
今のゲームってほとんど一方通行の紙芝居だけどな