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2010-06-30

個人的ワールドカップ総括

日本ワールドカップが残念ながら終わってしまった。予選リーグが始まる前はほとんど期待していなかった。しかし予選リーグが始まって試合を観戦しているとグイグイ引きつけられて目が離せなくなってしまった。

他の多くの日本人も同じだったのではないだろうか。視聴率は深夜にもかかわらず驚異的な数字をたたき出したと、何かの記事に書いてあったようにも思う。しかし、何故こんなにも日本人を虜にしたんだろうか?

例えば日韓共催だった2002年ワールドカップと比べてどうか?個人的にはあの時よりも何倍も楽しませてもらったように感じている。あのときもスター選手はいた。というより、いまよりずっと多かったように思う。

今回はワールドカップの予選リーグが始まって、カメルーンとの試合が始まるまで誰が出ているのかほとんど知らなかった。登録選手中村俊輔中澤くらいまでなら分かるが、それ以外はほとんど知らない。本田松井長谷部?誰だそれはというレベルだった。

しかし、そんな無名の選手たちのプレーに魅せられた。昨晩のパラグアイ戦で敗退したときにまず一番に「彼らの試合をもう見られないのは本当に残念だ」と思った。

どうしてそんな気持ちになったのか、今日一日ずっと考えていた。そして思ったのは、彼らのプレーに「明確なチームメイトへの意思」があったからだと気付いた。

月並み表現になってしまって、非常に伝えにくいんだけど、頑張って補足してみる。

明確な意思だけであれば、中田ヒデスルーパスだって該当するものだが、あれとは異質なものが今回は展開されていた。

中田ヒデスルーパスはある意味杓子定規なもので、フォワードは「中田ヒデに合わせて」動かなければいけなかった。

でも、今回のは、定石に従いながらも、チームメイト(相手)の状況にあわせてボールをまわしたり、自ら切り込んだりできていたように感じた。

要するに、メンバーそれぞれが対等な関係で、うまく補完関係がとれており、状況に応じて柔軟に役割を変えながらも、チームとしてのパフォーマンスを最大限に発揮していた。根底には、常にチームメイトへの配慮があった。

常に、というと言い過ぎだった。たとえば、パラグアイ戦で玉田がゴールエリア内で横パスをだして誰もいなかったシーン。あれは昔の日本のようでがっかりした。

チームメイトの姿が見えていないが故のミスコミュニケーションがうまくいっていない、一方通行パス。今大会、引きつけられたのは、こういう一方通行コミュニケーションが少なかったからだと気付いた。

両思いコミュニケーションが数多く行われたとは思えないけれど、数少ない機会で思いをつなげられた、そういう両思いコミュニケーション成功率は際立って高かったと思う。残る課題は、両思いコミュニケーションの量を増やすことではないだろうか。頑張れニッポン!!!

2009-02-05

人事院首脳ポストは 「マスコミOB指定席」だった

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090204-00000003-jct-soci

2月4日19時55分配信 J-CASTニュース

 人事院政府国家公務員制度の改革案に反対している中で、人事院メディアとの「親密な関係」が明るみに出た。あまり知られていないことだが、総裁を含む3人の「人事官」は、国会の同意が必要な人事で、そのうち1人は「マスコミOB指定席」という状態が続いているのだ。その結果、「これでは報道機関人事院を批判することはできないのでは」との声もあがっているという。

読売新聞出身者2人、日経朝日・毎日・NHKが1人ずつ

 谷公士人事院総裁2009年2月3日、「私どもの基本的な考え方について、国会で説明することになる」と、政府に対して対決姿勢を示したのに続いて、翌2月4日朝にはTBS系の情報番組朝ズバッ!」に生出演し、

  「人事院制度根底から改めることに『絶対反対』とまでは言っていない。が、今度は手続きが違うのではないか」

  「(自分は)人事院が設けられた意味国民に申し上げて行く立場」

と、持論を改めて展開した。政府人事院との溝が埋まる気配は見えない。

 ところが、ここに来て、人事院の「メディア対策の上手さ」を指摘する声もあがりつつある。例えば産経新聞2月4日の1面で、谷総裁の特集記事を掲載。人事院が、ひんぱんに「記者レク」をこまめに行っていることを指摘している。さらに、閣僚経験者からは、

  報道機関人事院を批判できるわけがない」

との声が漏れているのだという。

 その理由は、人事院組織構成の特殊さにある。人事院は、3人の「人事官」から構成されており、その中から総裁も選ばれる。いわば首脳ポストに当たる「人事官ポスト」3つのうち1つが事実上マスコミOB指定席」になっているのだ。

 人事官は、国会の同意を得た上で内閣が任命する、いわゆる「国会同意人事」で、任期は4年。国会の訴追による弾劾裁判を経なければ罷免することはできないなど、きわめて強い身分保障が与えられている。その一角に、マスコミOBが収まっている形だ。なお、現職のマスコミ出身の人事官は、日経新聞常務取締役名古屋支社代表を務めていた小沢治文氏で、現在は2期目だ。

 実はこの「マスコミ指定席」、1953年以来続いており、「マスコミOB人事官」は、小沢氏を含めて6人いる。そのうち、読売新聞出身者が2人で、日経朝日・毎日・NHKの出身者が1人ずつだ(もっとも、「NHK出身」とされる佐野弘吉氏は、NHKに入局する前は朝日新聞記者をしていた)。

■50年以上前に「マスコミOB枠」ができる

 では、この「指定席」、どのようにして出来上がっていたのだろうか。過去記録をさかのぼっていくと、朝日新聞論説委員を務めていた島田巽氏が1965年人事官に選ばれた時から、「指定席」が固定化したようだ。

  「政府はこんどの人事官選考に当って(1)現在神田氏が報道関係出身者なので、後任も報道関係から起用する(2)現在人事官のうち佐藤達夫総裁東大出身、佐藤正人事官が九大出身なので、私学出身者を起用することとし、この結果、島田氏に落着いたものである」(1965年2月18日朝日新聞朝刊)

 さらに12年さかのぼって、1953年に初の「マスコミOB人事官」が登場した時の経緯を調べてみると、意外なことが明らかになる。初の「マスコミOB 人事官」は、毎日新聞主筆常務を務めた神田五雄氏なのだが、神田氏の起用が固まった時の紙面には、こう経緯が明かされているのだ。

  「人事官の後任については緒方官房長官の意向もあって言論界から起用する方針をきめ神田氏と元朝新聞社社長長谷部忠氏の両氏について人選を進めていたが、神田氏にきまったものである」(1953年1月29日朝日新聞夕刊)

 記事中の「緒方官房長官」というのは、副総理も務めた緒方竹虎氏で、かつては朝日新聞主筆を務めたこともある。緒方氏自身、自らの「マスコミ経験」を国会で披露、神田氏の起用に理解を求めている。

  「選考を進めました結果、新聞社の人事は、私自分が、新聞社出身でありますので、多少心得ておりまするが、普通の事務に当る編集それから技術、各方面に亘りまして、なかなか面倒な人事でありまして、それを相当の期間扱つて評判もよかつた人でありますので、この人ならば、(技術的な面と、そうでない面の)両面を兼ねて行けるという、私実は確信を得ました」(1953年2月2日参議院議院運営委員会)

 いわば、50年以上前に「マスコミOB」自身が、国会同意人事に「マスコミOB枠」を設けていた形で、それが現在まで続いている、との見方も出来そうだ。

 人事官以外にも、国家公安委員会委員など「マスコミ指定席」が存在するポストも少なくない。今後、メディアと「官」との距離感が改めて問われることになりそうだ。

道理でテレビでこの件の人事院の扱いが微妙だと思った。改革抵抗派なのにやたら肩を持つような感じだったもんな。

2007-10-05

[][]何らかの配慮って?

オシム監督メンバー固定には苦々しい思いをしてきた私としては、「休みから学ぶものはない」を公言するオシム氏が、エジプト戦で『いつもの面子に加えて平川長谷部永井都築を招集してフル起用』ぐらいのことをやってくれないと、逆に許せない。

密日程が続く浦和勢の招集については「浦和はまれなチャンスなので考慮したい。日本の全員が浦和アジア制覇を望んでいるでしょう」と、何らかの配慮をする考えを明らかにした。 

http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/headlines/20071004-00000131-jij-spo.html

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