2020-09-04

死にたいと、思ったことはありますか。

死にたいと、思ったことはありますか。

私がいま誰もに聞きたいのはこの質問です。

輝くような俳優最後自死でした。

それは彼を知る多くの人の心にすっかり穴を開けてしまったように思います

実際、私の心には輪郭のふやけた穴が見え隠れしています

彼の笑顔は今も私を笑顔にさせ、その穴を侵食させていきます

自ら死ぬということを想像するのは容易いでしょうか。

私にとっては非常に身近でした。

仮に試すことがなかったことを、今は幸いに思います

私は自死最後の救いではないかと考えます

まり自分の苦しみや憎しみのような念を昇華させる最後の手段なのです。

過去を振り返ると、私にはそういった念を昇華させる術がなかったように思います

家族は仲が良く温かな場所でした。

しかし同時に、深い部分を見せられる場所ではありませんでした。

学生の頃、私は美術生活の中心にしていました。

生活は華やかさとは正反対リズムで進んでいました。

数日寝ずに美術に向き合い、唯一の休日労働に消えました。

朝は満員電車に数時間揺られ、夜は暗闇のなか居眠りをする日々でした。

そのすべてが苦しく耐えられなかったわけではありません。

しかし、そう感じない程度に既に狂っていたようにも思います

湧き出る念を家族には相談できませんでした。

それはあなたが望んだことでしょう。

お決まり台詞でした。

悪気があるわけでは全くなく、それが心から意見だったのです。

悲しいことに、同級には同じ志を見つけることはできませんでした。

最も、私が志を共有する気がなかったとも言えます

私より才能があるのに授業に現れない周りをみて落胆し軽蔑しました。

そこに私の拠り所は見い出せなかったのです。

朝、向かってくる電車に呼ばれていると感じる日々が続きました。

それは比喩でもなく、本当にそう思うのです。

強い呼び掛けというよりは、ふとよぎる声でした。

幸い、私はお金にうるさく家族を苦しめることはできなかったため

呼び掛けに応えることはありませんでした。

もし家族への思いがなかったら、おそらく、飛び込むことがあったでしょう。

再度問いかますが、

死にたいと、思ったことはありますか。

私にとっては当たり前でしたが

どうもそうは思わない人が多いようです。

運良く、私の異変に気がつく人が出てきました。

ふと電車に呼ばれていると告げると、その人は涙を流しました。

なにも言いませんでしたが私の心を抱きしめるようでした。

それから段々私の念は、その人の理解の上に昇華されるようになりました。

はじめて理解者が現れました。

素晴らしい存在であるとはっきり思いました。

この世には理解するふりをして相手を騙すような人もたくさんいます

しかしそれでも、私たちには理解者が必要です。

少しでもわかりあえる相手

死にたいと思う人は、それは大変なことです。

少しでもそう思うのならば、休暇をとってください。

かに相談してください。私でも勿論構いません。

やりたいことだけをしてください。

死ぬことを選ばないでください。

それでも選択肢がないのであれば

私は止めることはできません。

しかし、自分想像を越えて

誰かの心に穴を開けていることを

どうか忘れないでください。

そして、死を選んだ人が

幸せになることを祈ります

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん