「多分ですけどね。彼らは“栞に何かを書くという行為そのもの”には理由だとか是非を求めてないんです」
俺はグラス片手に、二人の会話をただ聞いていた。
個人的には興味のある話ではあったけど、アイスコーヒーを薄めてまで参加するほどじゃない。
「そんな大層なものではなく、より曖昧で、漫然とした、不確かな感情ですよ」
「ハッキリしねえなあ」
「そうです、ハッキリしない。けれど彼らにとって、それは大して重要じゃないんです」
センセイの言っていることは捉えどころがない。
前提の共有もエビデンスもあったもんじゃないが、お茶請けには悪くない持論だ。
「上手くいえませんが……“何かを発露したい”という欲求、といいますか」
「“呟き”……ツイッターみたいな?」
「そうですねえ。昔の偉い人が、そんなことを言っていたような気がします」
それに不思議と、会話の端々に真理めいたものがあるようにも感じられた。
俺の中に漠然とあった違和感、それを治めるのに二人の会話は丁度よかったのだろう。
「で、その心は?」
「つまり当人たちも自分たちが何でそんなことをしているか、実際のところは良く分かっていないってことです」
「はんっ、アホくさ」
いきなりの酷い例えに、俺たちのコーヒーを飲む手は止まった。
「横槍ですみませんが、できれば飲食店にふさわしい比喩表現を」
「おっと……こりゃ失礼」
近くにいたマスターに諌められ、センセイは分かりやすくションボリしていた。
顔を伏せていて表情は伺えないが、俺の席からでも分かるくらい耳を紅潮させている。
センセイは基本的に淑やかな人だが、話に熱が入ると周りを困惑させることが多い。
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いい加減つまらないからやめてくれないかな 本当に面白くもなんともないんだよ