2020-07-01

[] #86-6「シオリの為に頁は巡る」

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「多分ですけどね。彼らは“栞に何かを書くという行為のもの”には理由だとか是非を求めてないんです」

俺はグラス片手に、二人の会話をただ聞いていた。

個人的には興味のある話ではあったけど、アイスコーヒーを薄めてまで参加するほどじゃない。

自己顕示欲承認欲求とは違うもんなのか?」

「そんな大層なものではなく、より曖昧で、漫然とした、不確かな感情ですよ」

「ハッキリしねえなあ」

「そうです、ハッキリしない。けれど彼らにとって、それは大して重要じゃないんです」

センセイの言っていることは捉えどころがない。

前提の共有もエビデンスもあったもんじゃないが、お茶請けには悪くない持論だ。

「上手くいえませんが……“何かを発露したい”という欲求、といいますか」

「“呟き”……ツイッターみたいな?」

「そうですねえ。昔の偉い人が、そんなことを言っていたような気がします」

それに不思議と、会話の端々に真理めいたものがあるようにも感じられた。

俺の中に漠然とあった違和感、それを治めるのに二人の会話は丁度よかったのだろう。

「で、その心は?」

「つまり当人たちも自分たちが何でそんなことをしているか、実際のところは良く分かっていないってことです」

「はんっ、アホくさ」

生理現象みたいなものですよ。飯を食ったら、ひり出す」

いきなりの酷い例えに、俺たちのコーヒーを飲む手は止まった。

横槍すみませんが、できれば飲食店にふさわしい比喩表現を」

「おっと……こりゃ失礼」

近くにいたマスターに諌められ、センセイは分かりやすくションボリしていた。

顔を伏せていて表情は伺えないが、俺の席からでも分かるくらい耳を紅潮させている。

センセイは基本的に淑やかな人だが、話に熱が入ると周りを困惑させることが多い。

以前も独身貴族が「結婚人生墓場だ」なんてボヤいていた時、「しかし夜は墓場運動会ですよ」と言って場を凍りつかせたことがあった。

その時も最終的に“あんな風”に意気消沈していたな。

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