2019-04-30

令和、瓦解の時代

谷口ジロー氏の代表である「『坊っちゃん』の時代」の作中で夏目漱石森鴎外の会話中に「明治維新」を指して「瓦解」と言う場面が出てくる。

社会的崩壊という意味も含むだろうが西洋に学び西洋を受け入れるなかでしか西洋距離をおきたいという(有り体に言えば保守的な)二人の心情から出てきた言葉といったところである

これから令和という時代を迎えるにあたってとりとめもない思考を繰り返すなかで社会がどうなっていくかと考えていくと、どうしてもこういう「瓦解」と呼ぶのが相応しい時代になってしまうのではないかと考えてしまう。

例えば以下は自分TwitterのTLに流れてきたものだ。

令和7年:日本人口の3分の1が65歳以上に

令和17年:介護人材の不足が80万人前後

令和30年:日本人口が1億人を割り込む

令和42年:日本人口の2割が80歳以上に

これは要するに対策をしなければこうなってしまうという数字で、今もなし崩し的に入れている移民の推移で変わってくるものであろう。

そして、この上記の間違いなく持続不可能社会を望まないのなら好むと好まざるとにかかわらず令和の時代は大量の移民流入し昨日と全く異なる社会にならざるを得ないのである

人口一つとってもこの調子である

十中八九維持できない社会保障は?予算も人も足りずに悲鳴を上げている安全保障は?令和を迎えるまでもなく瓦解寸前の学術研究は?移民を入れても給料の良い都市部に逃げられる地方圏の農村は?。増税でおそらく冷え込む内需と輸出偏向経済方針は今後も持続可能か?。

誰だかは忘れたが平成を「昭和を終わらせられなかった時代」と評したがさもありなんといったところである。故に瓦解、あるいは悪くすれば崩壊することになるのだろう。

しかし、時代としてはそうだが人によってはそんな暗いものでもないのだろう。

明治維新を機にに大成して我が世の春を謳歌した平民資本家も数多く居たように、生活が大きく向上できた移民や時流に乗れたベンチャー企業経営者等には素晴らしい時代になるのかもしれない。そこに私は含まれなさそうなのが悲しいところだが。

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