2017-08-30

初恋の話

「俺深爪から、爪切れないんです」

小学校の頃、身体測定をするときに保健の先生から毎度爪の短さチェックが入っていた。身長体重を測った後、先生に手と足の爪を見せて、長さのチェックをしてもらうのだ。長い子には当然指導が入り、その場で爪の白い部分がうっすら残る程度にまで切りそろえさせられていた。私はどんな些細な事でも先生に目をつけられるのが極端に嫌いな小学生だったため、身体測定の前日に必ず爪を切り、いつも一発合格を貰っていたのだが、四年生に上がりたての私はシブがき隊にハマり毎日夜更かししながらCDを聞いていたため忘れっぽい性格になってしまっていた。つまり、私は初めてチェックに引っかかり、先生指導のもと爪を切ることになってしまった。その私の前で先生に抗議していたのが彼だった。

出席番号は遠いのに何故近くにいたのか不思議だが、恐らく身長順に計測していたため、背が同じくらいの彼と私が近くなったのだろう。なるほど、彼の爪は誰が見ても爪の白い部分が長いと言える程度に伸びていて、そして少し巻き爪が入っているようにも見えた。彼の主張している深爪は、言われてみれば…?レベル。でも私の方がもっと深爪のような気もしたし、爪を短くすることで衛生面の指導をしているということを理解していた私は、すこし白とピンクの縁目がくすんでいる彼に一言言ってしまった。「いや、爪汚いしちゃんと切りなよ」。

彼の表情はおぼろげにしか思い出せない。なんせもう10年以上たっている。とにかく、気持ちいいリアクションではなかった。不遜、というか不服、というか。しか特に何を言い返すでもなく、そのあと私と並んで爪を切ったのかどうかも分からない。ただ同じクラスの中で特にどんな主張もすることなく、授業に積極的ともいえない彼が、初めて明確に主張している姿を見たことは鮮明に覚えている。

変な人だと思った。恋において、変な人、というのは良くあるシチュエーションだと思う。

結局その恋は実らずに、中学卒業を機に全く会わなくなってしまった。

現在、彼は衛生面を理由に爪を切っている。私に会う前日はいつもきちんと爪を切ってやすりで磨いているのだそうだ。いつも切りっぱなしにしている私よりはるかに丁寧だと感心しながら、私が好きになった彼ではなくなったのだなあと実感する。

同じくらいだった背は離れていた期間にぐんぐん伸びて、私なんて軽々持ち上げられる。いつも少し興味なさげな、しかしくっきりとした二重だった目はより二重になり、しっかりと私を見てくれている。

変わったところは多いけれど、譲りたくない事柄において主張するときの少し怖い顔は昔のままだと思う。言ったことはないけれど。

反対に彼からすると私は小中学生のころからまり変わっていないらしい。でも、昔告白した時には見向きもしなかった人間を今好きと言えるのなら、やはり彼が大きく変わったのだろう。

変わってくれてよかった。

彼は初恋の彼ではなくなったし、私は、初恋成就したとは思っていない。

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