読んだ。何か書きたくなったがとりとめがなくなったのでここに書き散らす。
一言で本作を述べるなら性の呪縛ということになる。これまで清水がMF文庫で発表してきた作品にはあまり濃厚に描かれなかった,肉体と精神の性が主題として扱われる。いやもちろんわかっている,これまでも【少女】がテーマだったじゃないかと言うのだろう。ここは微妙な点なので慎重にいきたい。清水が扱ってきた【少女】とは,性を免除された特権階級だ。性がもたらす束縛から自由。そして,もちろん大人=生産者になることも要求されない永遠の消費者。これは,たとえば「セックスする女」「労働する女」「産み育てる女」といった像と照応させれば明らかだろう。モラトリアムを言うなら別に【少年】でもよさそうなものだが,あまりうまくない。少年はセックスに怯える必要がなく,労働が自己承認に直結する。これらを免除されることに肯定的な含意はない。他方,少女には【少女】にこだわるだけの理由がある。……話がそれた。今回述べられているのは,そうした無性者としての【少女】じゃない。年少の女は出てくるが,性を与えられている。清水の作品において,物語の水先案内人をつとめるのはいつも存在の希薄な【少女】で,ときには幻影だったり妄想上の存在だったり,つまり肉体をもっていないことも多い。本作の少女もじゅうぶんに希薄だが,しかし彼女の肉体は触れられるものであり,かつそれが性的なものであることが強調される。主人公を含めた「男」たちは彼女の肉体に性的な視線を送り,彼女も「さわっていいよ」と繰り返し挑発する。読者はいやおうなくキャラクターの,そして自身の性を意識させられる。
以下,この「性」を切り口に述べてみる。ネタバレ回避はしていない。
13歳の少年Aは「きれいなもの」に対する強い憧れをもっていた。これには風景や工芸・装飾品から,「女の子向けの」人形まで含んでおり,その年齢層の少年のジェンダー規範からはやや逸脱していた。A自身もその逸脱を恥じていた①。しかしそこに,Aに幼い好意をよせる10歳の女子Bがあらわれる。Aは少しずつBに「きれいなもの」を見せて反応をたしかめ,Bが自分を受け入れてくれること,拒絶されるおそれがないことを確認していく。最終的にAはもっとも大切な宝物である人形を見せるのだが,ここでBはAに「お人形遊びなんて好きなの? 信じられない! 男の子で,中学生なのに!」と無邪気な一言を放ってしまう②。Aは逆上し,Bを強姦しようとする③。Bが抵抗することで未遂に終わるが,「だったらいい」の一言とともにAはBを川に放り込む④。溺死しそうになるB。恐怖にかられたAはBを慌てて助けるが,真相を知らない周囲からは「溺れた子供を助けた勇敢な少年」として賞賛される。Aは自己嫌悪と罪悪感を抱えて鬱屈する。Bはこの周囲の勘違いについて何も言わないことを選択する。いつ事実を暴露されるかわからないという不安の中にAを閉じ込めることが,最上の復讐になると考えたからだ。Aは少しずつ人格を歪めていき,他方Bはやがてその記憶を誰にも言わないまま抑圧して忘れ去ってしまう。6年後,19歳になったAは電車の線路に転落した女性を救助しようとして,代わりに意識不明の重傷を負う。
本作はこうした「事実」の上に,Aの弟を視点とした物語をつづっていく。全体を俯瞰してまず気づくのが,Aの自己抑圧①だろう。Aのかかえた性違和が全ての起点になっている。Aが心底欲していたのは,この違和を肯定してくれる誰かだった。「きれいなもの」を愛する権利を正統に有する,正しく少女であるBに救いを求めるが,Bは逸脱を許さなかった②。内なる女性性の隠蔽を要求されたAは,男性性をむき出しにして,略奪的に「女」を手に入れようとする③。しかし果たせず,結果として「女」の全否定という選択に行き着いてしまう④。Aが男性的でない自分を許容できていれば,Bが男性的でないAを受け入れられれば,その後の事態にはつながらなかった。10代前半の子供であっても,というか子供であるからこそ,ジェンダーの命ずる規範からは逃れられなかった。
Aは後に,意識不明のさなか,奥底に隠蔽された女性性を分離させ,少女の姿をした肉体ある霊を生み出す。これを霊自身は「脱獄」と表現する。牢獄からの脱走。じゃあ牢獄とは何か。解釈はさまざまあるだろうが,私としては「Aが内面化させたジェンダー規範」以外に考えられない。脱獄して自由になった「少女」は,思うまま自らの女性的肉体を誇示し,「甘いときめき」「おいしいもの」への欲望を開けっぴろげにし,「男の子が,自分の名前呼びながら走って追いかけてくれるのって,女の子は,すっごく気持ちいいんだよ」と女の子の気持ちを語る。Aの弟はこの「少女」と共に行動するうちに,秘められた過去の事実に直面し,やがてAの苦しみを知る。弟とBに過去の罪を認識され,受け入れられることで,Aは意識不明から回復する。それと同時に少女,あの人形の姿を借りたAの分霊は消滅する。物語の発端が解消されることで終結を迎える,非常に整った円環構造だ。清水はあとがきで語る。「この本は」「あなたの心にきれいな何か」「を残したいと願って書きました」。視点設定をどこに置くかにもよるし,そもそもラノベにメッセージ性を求めるのはどうよという主張もあるだろう。でも,文庫の主読者層であろう10代の少年たちに,清水が届けたい言葉は極めて明瞭であるように,少なくとも私には思われる。……あなたの心の中の少女を殺すな。脱獄しろ。
脱獄であって叛乱でない点に,清水のバランス感覚を感じる。ことさらに敵意をむき出しにして戦いを挑むのではなく,まして新しいルールを打ち立てようとするのでもない。ただ逃れて自由になる。言うほど簡単ではないが,これが唯一の道であることには同意する。正面から戦ったところで勝ち目はない。桜塚やっくんやレイザーラモンHGに回収されるのがオチだろう。相手を警戒させ牢獄を強固にするだけだ。当事者でもないくせに,戦場が大好きなうざったい連中がすりよってきたりもする。それよりは,牢獄からひとり抜けふたり抜け,革命もないままいつのまにか牢獄が廃墟になっているというシナリオの方がやりやすい。