はてなキーワード: ジェンダーとは
音声合成DTM製品「VOCALOID2 CVシリーズ」の第二弾である「鏡音リン・鏡音レン」を用いて作られた一連の楽曲作品。詳しくは検索。
小説とか漫画とか劇化もされてるようだけどそっちはノータッチなので除外。なんか詳細設定とか山のようにあるらしいけどあくまで元動画とその歌詞に情報源を絞る。
前者はある国で暴政を敷いた愛らしい王女が革命によって倒されるまでのことを歌った歌、後者はその王女に仕えた召使いの視点から同じ一連の出来事を歌ったもの。
YouTubeとかに死ぬほど転がっているのでこの文章を読む人にはできれば聞いといてほしい。ネタバレを含むので。『悪ノ娘』から先に。
英語版ならEnnという人? が歌ってるやつの歌詞が好きだな。情報量が多くて。
身も蓋もない言い方だけど「売れてる」から。
ニコ文化が中高生とかOTAKU中心に大人気とは知ってましたが劇って。コミカライズくらいまではわからんくもないが劇。
ファンとはいえそこまでのめり込むほどか。何がそんなに優れてるっつーかウケてるのだろう、という話です。
「優れてるからウケてるんじゃねーよ」というお話はあるでしょうがまあそこはおく。ぶっちゃけ「優れてない」点はいっぱい挙げられるし。
たとえば物語終盤の交代劇とかバレねーわけねーからね常識的に考えて、とか。
・仮にも国のトップなんだから、立てるならもっとマシな影武者を立てるのが普通というもので、脱がした瞬間バレるようなのに気がつかないとか革命が総崩れしかねない。
いや史上の狂乱というのは往々にしてそういう熱狂が高じてもはや狂気〜みたいな面があんだろうことは否定しないけど、そんなの後世には物好きな歴史家とかにケツの毛までひんむかれるレベルまで分析されるのが当然なんだからさ。恥ずかしい性癖が伝わっちゃってる為政者が今どんだけいると思ってんの。読んでないけど正直小説版にはクビ落としてから替え玉と判った革命軍の偉いさんとか偽史として押し通してきた『召使』側の話を証明しちゃったアマチュア研究家とかが裏で始末されるドロドロとかがきっとあった! と信じている。三次創作。
・本物も見物に戻ってくんなよ。そこでバレたらすべてがガチで水の泡よ。危険すぎるだろ。
…とか、突っ込みどころはとってもたくさんあるわけなんですね。文化ルーツもしっちゃかめっちゃかだとかそもそも歌詞がちょっと拙いとかね。
にも関わらず、絶賛者とかいっぱいいる作品でもあるわけで。合唱とか英語版とかあって再生回数すごいし。
何がそんなに人を酔わせるのかしら。それがロマンスというものなのか。
いやねーだろ。これロマンスじゃないじゃん。中世の騎士物語とかほんのちょっぴり読んだことあるけどコレジャナイ感すごいじゃん。
三大悲劇って言われてるけど悲劇ですらねーだろと言いたい。少なくともwikipedia曰くの古典主義的・新古典主義的「悲劇」では絶対ない。
それでは「これ」は何なのか?
まあアレじゃん。ジェンダー界隈でいう性役割意識がどうこうとかあと男の娘ブームとかなんかそんな。
あとこれ国家の皮をかぶった家庭悲劇なんですよね。一種のセカイ系というか。
このお話は王家に生まれた男女の双子のうち女が王家に残されて(おそらくは凄い抑圧とか受けて)暴君になって、男はどっか養子とか?出されて召使いとして戻ってきたつーことになっていますが、男をイエに残して女はよそに嫁がせるつーのがどっちかというと鉄板ですよねこういうの。
「なんでそんなことになっちゃったの」というのはきっと小説版とかが政治の派閥抗争がどうのとかに絡めて辻褄つけてると思うのでおいといて、「よくこれでウケたな」ってーのをですね。
この作品は基本的にすごいストレスを(受けたくないに決まってるけど)受けなくてはならない人間が見るとツボに来るようにできてるんスね。
よく何かこう、最近の若者は〜的な文脈で、男が女っぽくなっただの女が強いだのと言われますよね。いや印象だけど。自分の観測範囲内の話だけど。観測範囲内でもいい加減下火っていうか言い古されて説得力がアレな言説だけど。
少なくともこの作中ではまさに男がやるようなことを女がやっているわけで、そこんとこのギャップがウケてるっていうのはあると思うの。
鏡音リンってキャラクタ的には妹系ってんですか? 笑顔がかわいくてドジで〜みたいな感じだと思うんだけど、それが女故子ども故の残酷さみたいなのを全力発揮してるあたりのギャップもあると思う。
そう、彼女は良い為政者ではない。聖母聖女は齢14で「お金が足りなくなったなら〜、愚民共から搾り取れ〜♪」なんて言わない。普通の女でも言わない。
彼女はむしろ聖女みたいな女に恋人取られたら相手の国ごと潰して復讐する程度にはやりたい放題の女のコ☆です。
しかもそのレベルの人格破綻者まで「最初は無垢だった、ホントは彼女は悪くない」的な補足が入るわけです。これもウケたツボだろう。
イエのあれこれとか人間関係でむっちゃ我慢とか強いられてるけど正直破裂したい、けど破裂したらあとが面倒だけど破裂したいけどあああああとか思ってる人間にはとてもツボ。
破裂したい人間がなぜ破裂しないかって、破裂すると崩壊するナニカがあるわけで、この王女の話は破裂してナニカを崩壊させてしまったってことなので「ああ、あんな風にならないためにも我慢がんばらなきゃなー」とか、「私がしてきた我慢は正しかった!我慢しなきゃああなってた!ざまあwww」とかいろいろと解釈できて美味しい。
それだけなら単なる破滅劇なんだけれども、これを悲劇にするのが王女と対になる召使いの存在ですね。『悪ノ召使い』は『娘』よりもあとに発表された作品ですが、何千回単位だった再生回数を100万くらいまで押し上げたらしいっす。
「顔の良く似た」召使いは(内緒になってんのか知らんが)召使いってことになってるが王女と双子です。これをまず物凄く突っ込みたい。王家の血縁が人に使われる側に回ることのあり得なさとか。でもまあそれはいい。
召使いは破裂しそうな王女のそばであれこれ世話を焼くわけです。王女の命令なら惚れた相手も暗殺してくる。それくらい自分を殺している。
ある意味王家という枷つけられてる王女と完全に同類なわけですが、召使いはそれほど人格破綻してないというか暴君的な方向に爆発しそうではない。
彼には「王女のため」という大義があるからです。彼が背負っても良かったモノを彼女に背負わしたら歪んでしまった、王女がこんななってるのは彼にも責任がある。
だからその責任を果たすためなら、ほんのちょっぴりの「自分」も捨てられる。盲目的に尽くせる。
完全に「家庭なるもの」の中で板挟みになるガキそのものですね。あとほんのりとした近親愛。これがツボをつく。
オチはもうその最たるものですね。自分を殺して殺して殺して…の召使いは本当に自分を殺してしまう。王女はその代わりに助かる。
要は例えば機能不全気味家庭のお子様らには神話のように美しい物語だということですおわり。
鏡音リン・レンなるソフトは作中やファン間でも双子ってことになってますが公式的には「鏡に映るもうひとりの自分」的な感じではっきり双子ではないらしい。
というのもなんかこう、意味深ですね。
怖ェなーと思うのがこの作品が世界規模ですごい再生回数稼いでるという事実。
機能不全家庭の子どもにばかりウケてるわけじゃねーとは思うが、でも例えば上で述べたような「この身代わりはあり得ねーだろ常考」みたいな意見はたぶん野暮としてブーイング浴びるだろうし、きっと小説版あたりで「そうするしかなかったんだよ…」みたいなことが切々と説かれていたりして要するに反論として封殺されることが明らかなわけです。
実際には例えば召使いの行動として「二人で一緒に逃げる、最後まで王女のそばにいて守り通す」みたいなのがあっても良かったはずだし一昔前なんてそれで逃げ切れなくて死んじゃってーみたいなのが悲劇のテンプレ化してたような時代があった気がするんですが、そうならない。
何というか、すごい絶望的で、しかもその絶望が絶望のまま肯定されて同類間で共有されてる感がする。
そういう方法で絶望が連鎖して伝播しているような感じがするのです。
漫画家のとり・みき氏の言葉(の引用の引用)だけど、こういうのがある。
人が涙を流すのは必ずしも作品の出来とは関係がないのだ、と。
かつて自分が何かに感動した時にできた涙腺回路のようなものが頭の中にはあって、そこにピタリとはまるような場面だの言葉だのを見聞きしてしまうと、涙というのはどうやら自然に流れる仕組みになっているらしいのである。歳をとると涙もろくなるというのは、つまりそういう回路のパターンが増えているからではないか。
個人的にこれは結構ガチだと思っているんだけど、一点だけズレてる部分がある。
ここで書かれてる涙腺回路の起動スイッチである「感動」っていうのが、自分個人に限っていえば何か崇高なものに触れて心を動かされたとかではなくて単純に傷つけられたときのことを指すようになってんのね。
つまりこの文章に則って言うと、自分はある一定の場面とか言葉だのを見聞きしてしまうと自動的に繰り返し繰り返し傷つくようになってしまっている。
恐ろしいことなんだけれどこの「回路」が結構強固で、俺はこいつを潰しておかないと日常生活が送れないっていうレベルでいろいろと不便。具体的にいうとAED講習で実際の救命現場の録音(子どもが突然心停止して倒れたそばで手当てする人とか救急車呼ぶ人とかその子の名前を狂ったみたいな大声で必死で呼び続ける母親の声)聞いたときとか、アレ本当は命が助かる感動的な場面のはず(「とりあえずはもう大丈夫です」まで録音されてたはず)なんだからすごくイイ話だと理屈では思うしわかってるんだけど生々しいやりとりそのものがあまりにもショッキングでしばらく「親子」みたいなキーワードで突然ぼろぼろ泣くようになって本当に困った。もうすぐ一年になる例の津波関連も未だにいろいろな場面でダメージ。直に被災したわけでもないのに。
閑話休題。
だから例えば映画とか小説なんかで「泣ける」みたいのを売りにしてるのは基本見ない。
そういう作品は大体が回路起動ツボを外していて(かつ、他の例えば大爆笑回路の起動とかには結びつかないので)白けるが故に、そしてごく少数の作品は客観化が十分でツボ自体から適切に距離を取れるが故に、涙腺回路起動までに結びつくことは滅多にないんだが、それでも見ない。
何が楽しくてそんな自傷行為をせねばならんねん。
でも例えばナイフは指を切るだろうとかわかるけど、この作品で泣くようになるだろうとか普通は読んだり聞いたりするまではわかんないわけじゃん。
で、『悪ノ』シリーズも回路の起動スイッチになってしまったので、困ったなー。と思っている。前述の録音ほどの威力はないしもうだいぶ整理して削いだんだけども未だに人前ではこの曲聞けねえ。
あの召使いの台詞で泣かねー奴は人じゃねーみたいなコメントが動画についていたりして、それを「気持ちはわかる」と思ってしまう。
気持ちはわかるけど、実際問題召使い馬鹿だし王女も馬鹿でみんな馬鹿すぎて救いようがないと思う。「崇高なものが犠牲になる」みたいな楽しみ方は視点が狭すぎて阿呆だと思う。
いろんな人が感動してファンになって翻訳とかされてるのはわかるけど、作品としては全然優れてないと思うのです。
他の作品と比較してどうとかではなく、あの物語自体にもっと洗練の余地があるということ。
そして洗練されるとたぶんあれは悲劇オチ(と取ってつけたようなハッピーエンド後日談)じゃなくてちゃんと喜劇にもなれたはずだなー、悲劇にしてももっとレベルの高い悲劇になれたはずだなーと思うということです。
「物語の洗練」を。
機能不全家庭の傷なめ的なものでなくて、もっとちゃんと救いとか絶望とかが欲しい。
具体的にいうとこのネタで小説でも書いてそれで旅行のためのおこずかいとか稼いでみたいんだけども、まあおこずかいにならなくてもいいから二度と回路起動スイッチにこのネタで手を触れられる奴がいなくなるように自分でパテを塗っておきたい、そのために小説を練ってみたい、ということでした。
すでにやってる人いるけどねそれ。舞城とかね。でも最近なんか舞城も振るわないっていうか、「その先が欲しいんだけど!」みたいなあたりで止まっちゃってる感するからね。ジョジョノベライズ期待してます。
女性自身が『若さをウリにする』みたいなスタンスしか取ってこなかったからじゃないの?
男性からも好かれる素敵なおばさん、みたいなロールモデルを作り上げてこなかった。
で、男性観点だと『女性が歳を取ること』の価値を見出す事ができず、女性の価値としては若さが残った。
例えば女性で料理が上手いとか、安らげるとか、やさしい、明るい、とかって
歳を取ることで磨かれる部分もあると思うんですが、
ひとつ前のTBが指摘しているように「精神病」としてのペドフィリアは社会情勢と関係なく以前から存在しているが、商業主義による「性的対象の低年齢化」は確かに戦後日本独特の社会現象だった。「幼い」「成熟していない」ことが性的アイコンとして『メインストリームで』もてはやされるようになったのは日本における「アイドル」という概念の誕生と時を同一にしている。テレビの中の「成熟していない」少女に欲望を向けることに慣れた男たちが現実世界においてもその欲望を露わにしていく過程を「焼畑農業」と呼ぶことはさして間違いではないし、そこから戦後日本社会の病理を読みとることも可能だがそんなことは宮台先生あたりに任せておこう。サブカルチャーにおける「戦闘美少女」の誕生とその一つの達成点としての冲方丁と桜庭一樹に関しても、ここでは言及しない。
重要なのは「焼き払われた」少女性をどうとらえるかだ。男性の欲望がより低年齢へと向かい、彼女らが「私は女であり、女は売り物である」という自覚を低年齢で持つことが社会的に/倫理的に悪なのかどうかという判断はここには示されていない。もちろん女児に性的欲望を向けることをためらわない男性/そのような男性が存在する社会は危険である。だがそのような現実を自覚したうえで、彼女らにどう「武装」を施すかが、母親としての責任でもある。ジェンダーに関する教育はそのあとでいい。もちろん元増田が自分の中の「焼き払われた」少女性を自分の娘に肩代わりさせたいのだ、というなら止めはしないが。
http://sanpoapril.blog104.fc2.com/blog-entry-167.html
http://d.hatena.ne.jp/saebou/20120102/p1
Mステは原語表示の下に日本語訳がつく。CD付属のとほぼ同じ内容。
日本とかJAPANとか出てくるのは、その番組では言い替えて歌ったから。
| スマスマ | 紅白 | Mステ |
|---|---|---|
| あなたが彼を愛そうと、キリストを愛そうと関係ない | ||
| みんなで手を挙げて | ||
| それがあなたの生まれ持った宿命なんだもの | ||
| 小さい頃 よくママが言ってた | My Mama told me when I was young 私が若い頃 ママが言ってた |
|
| 人はみな 生まれたときはスーパースター | We are all born superstars 「みんな生まれたときからスーパースターよ」 |
|
| 化粧台の鏡の前 | She rolled my hair and put my lipstick on 髪をまくり上げて 口紅を塗ってくれた |
|
| 私の髪をカールし 口紅をつけながら | In the glass of her boudoir ガラス張りのブードワで |
|
| 自分を愛するのはいいこと | "There's nothing wrong with lovin' who you are" 「ありのままの自分を愛せばいい」ママが言ったわ |
|
| 神はあなたをパーフェクトにつくったの | She said, "Cause he made you perfect, babe." 「そのままで完璧なあなたを 神は創ったの」 |
|
| くよくよしないでいれば きっと成功する | "So hold your head up girl and you'll go far, 「だから顔を上げていれば 遠くまで行けるわ" |
|
| 私の言葉を 信じなさい | Listen to me when I say" これから言うこと よく聞いて」 |
|
| 私には自分なりの美しさがある だって神様に間違いはないから | I'm beautiful in my way Cause God makes no mistakes 自分らしいままで美しい だって神には一寸のブレもない |
|
| 私は正しい道を進んでいる こうなるように生まれてきたの | I'm on the right track baby I was born this way このまま進めばいいのよ ベイビー 私はこの運命のもとに生まれてきた |
|
| 後悔の殻に閉じこもらないで 自分を愛せば うまくいく | Don't hide yourself in regret Just love yourself and you're set 悔いに身を隠さないで ただ自分を愛せばそれでO.K. |
|
| 私は正しい道を進んでいる 私はこう生まれてきた | I'm on the right track baby I was born this way このまま進めばいいのよ ベイビー 私はこの運命のもとに生まれてきた |
|
| ほかの生き方なんてない | Ooo there ain't no other way Ooo そのほかの道なんてない |
|
| こうなるように生まれてきたの | Baby I was born this way ベイビー 私はこの運命のもとに生まれてきた |
|
| ほかの道はない こうして生まれてきたんだから | Ooo there ain't no other way Ooo そのほかの道なんてない |
|
| Baby I was born this way ベイビー 私はこの運命のもとに生まれてきた |
||
| 私は正しい道を進んでいる 私はこう生まれてきたから | I'm on the right track baby I was born this way このまま進めばいいのよ ベイビー 私はこの運命のもとに生まれてきた |
|
| Don't be a drag, just be a queen ドラッグ・クイーンじゃなくて クイーンになればいい |
||
| Don't be! なればいい! |
||
| 分別をわきまえて、友を愛しなさい | Give yourself prudence And love your friends 自分の体を尊重して 友だちを愛するの |
|
| 日本のみんな、真実を喜びなさい | Subway kid, rejoice your truth 「サブウェイ・キッズ、真実を祝え」 |
|
| 自信が持てない者達の信仰のために | In the religion of the insecure I must be myself, respect my youth 弱者のための宗教では 自分らしくいて 若さに敬意をしめす |
|
| 私は自分を見失わず、若さを大事にする | ||
| 誰を愛しても、それは罪ではない | A different lover is not a sin Believe capital H-I-M (hey hey hey) 恋人が“ヘン”だからって罪にならないわ 信じて大文字の“H-I-M”(神)を |
|
| 主なるイエスを信じなさい | ||
| 私は自分の人生を愛しているし、この曲も愛している | I love my life I love this record and Mi amore vole fe yah (love needs faith) この人生もこのレコードも愛してる(愛には信じる心が不可欠) |
|
| 愛することは確信することよ | ||
| 私は私のままで美しい | I'm beautiful in my way Cause God makes no mistakes 自分らしいままで美しい だって神には一寸のブレもない |
|
| だって神様は間違えたりしないから | ||
| 私の生き方は間違っていない、これが私の生まれ持った宿命 | I'm on the right track baby I was born this way このまま進めばいいのよ ベイビー 私はこの運命のもとに生まれてきた |
|
| 悲嘆に本当の自分を隠さないで | Don't hide yourself in regret Just love yourself and you're set 悔いに身を隠さないで ただ自分を愛せばそれでO.K. |
|
| 自分自身を愛せば大丈夫 | I'm on the right track baby I was born this way このまま進めばいいのよ ベイビー 私はこの運命のもとに生まれてきた |
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| 私の生き方は間違っていない、これが私の生まれ持った宿命 | Ooo there ain't no other way Ooo そのほかの道なんてない |
|
| Baby I was born this way ベイビー 私はこの運命のもとに生まれてきた |
||
| 他の生き方なんてできない | Ooo there ain't no other way Ooo そのほかの道なんてない |
|
| これが私の生まれ持った宿命 | Baby I was born this way ベイビー 私はこの運命のもとに生まれてきた |
|
| 私の生き方は間違っていない、これが私の生まれ持った宿命 | I'm on the right track baby I was born this way このまま進めばいいのよ ベイビー 私はこの運命のもとに生まれてきた |
|
| 野暮なこと言わず、女王でいればいいのよ | ぼやいてないで いっそ女王になろう | Don't be a drag, just be a queen ドラッグ・クイーンじゃなくて クイーンになればいい |
| あなたが貧乏でも、お金持ちでも | 貧富の差も 肌の色も 国籍も関係ない | Whether you're broke or evergreen あなたが貧乏でも 恵まれていても |
| 黒人でも、白人でも、ベージュ肌でも、ラテン系でも | You're black, white, beige chola descent 黒人でも 白人でも ベージュ肌でも インディオ系でも |
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| レバノン生まれでも、東洋系でも | You're Lebanese, You're Orient あなたがレバノン生まれでも 東洋系でも |
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| 障害を負って、仲間外れにされて、イジメられたり、からかわれても | 人生で困難があっても いじめられ からかわれても | Whether life's disabilities Left you outcast, bullied or teased 人生で障害を負って 仲間外れにされて イジメられて からかわれても |
| 自分を讃え、愛してあげなさい | 自分を信じ 愛してあげよう | Rejoice and love yourself today 今日いる自分を愛して そしてお祝いして |
| だってそれがあなたの生まれ持った宿命だから | それがあなたの人生だから | Cause baby you we're born this way だってベイビー あなたはこの運命のもとに生まれてきた |
| たとえゲイでも、ストレートでも、バイでも | 性的好みなんてどうでもいい | No matter gay, straight, or bi Lesbian, transgendered life たとえゲイでもストレートでもバイでも レズビアンでもトランス・ジェンダーでも |
| レズビアンでも、性同一性障害であっても、関係ないわ | ||
| 私の生き方は間違ってない、ベイビー | 私は正しい道を進んでいる どんな困難も乗り越える | I'm on the right track baby I was born to survive まちがってなんかいないよ ベイビー 生きるため産まれてきた |
| 私は生き抜くために 生まれてきたの | ||
| 黒人でも、白人でも、ベージュ肌でも、ラテン系でも、東洋系でも | 肌の色や国籍なんて関係ない | No matter black, white or beige Chola or Orient made 黒人でも 白人でも ベージュ肌でも ラテン系でも 東洋系でも |
| I'm on the right track baby I was born to be brave このまま進めばいい ベイビー 勇敢になるために産まれてきた |
||
| そう 歌おうJAPAN! | ||
| 私はこのままで美しい | 私には自分なりの美しさがある だって神様に間違いはないから | I'm beautiful in my way Cause God makes no mistakes 自分らしいままで美しい だって神には一寸のブレもない |
| だって神様は間違えたりしないから | ||
| 私の生き方は間違っていない、これが私の生まれ持った宿命 | 私は正しい道を進んでいる 私らしく生きている | I'm on the right track baby I was born this way このまま進めばいいのよ ベイビー 私はこの運命のもとに生まれてきた |
| 自分自身を愛せば大丈夫 | 後悔の殻に閉じこもらないで 自分を素直に愛せばそれでいい | Don't hide yourself in regret Just love yourself and you're set 悔いに身を隠さないで ただ自分を愛せばそれでO.K. |
| 私の生き方は間違っていない、これが私の生まれ持った宿命 | 私は正しい道を進んでいる 私はこう生まれてきたから | I'm on the right track baby I was born this way このまま進めばいいのよ ベイビー 私はこの運命のもとに生まれてきた |
| 他の生き方なんてできない | ほかの道はない | Ooo there ain't no other way Ooo そのほかの道なんてない |
| これが私の生まれ持った宿命 | こうして生まれてきたんだから | Baby I was born this way ベイビー 私はこの運命のもとに生まれてきた |
| ほかの道はない | Ooo there ain't no other way Ooo そのほかの道なんてない |
|
| こうして生まれてきたんだから | Baby I was born this way ベイビー 私はこの運命のもとに生まれてきた |
|
| I was born this way hey! 私はこの運命のもとに生まれてきた |
||
| 私の生き方は間違っていない、これが私の生まれ持った宿命 | 私は正しい道を進んでいる こう生まれてきたから | I'm on the right track baby I was born this way このまま進めばいい ベイビー 私はこの運命のもとに生まれてきた |
| これが私の生まれ持った宿命 | 私はこう生まれてきたから | I was born this way hey! 私はこの運命のもとに生まれてきた |
| 私の生き方は間違っていない、これが私の生まれ持った宿命 | 私は正しい道を進んでいる こう生まれてきたから | I'm on the right track baby I was born this way hey! このまま進めばいい ベイビー 私はこの運命のもとに生まれてきた |
| 同じ遺伝子 |
ちょっと話は違うんだが。
「男」で「健常者」というだけで、「弱者」のラベルが使えないんだよな。
「女」は、「女」だというだけで、「弱者」で居られるのにな。
女性化願望ってのは、ジェンダーロールとしての「男らしさ」を拒否するものだろう。
自身の中に女性性を持つのでなく、素の自分を「男らしく」維持できないだけ。
これを、みっともないとか、情けないとか評価するのはたやすいが、
攻撃的なフェミの方で「男らしくない」とか使っちゃう人、結構居るよね。
「弱さ」を語ると、「逃避」だの「甘え」だの言われるうちらと違って、
大っぴらに「弱さ」を語れる属性が、実に羨ましい。
http://anond.hatelabo.jp/20111231182558
http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20111231182558
2012年になってしまったけど、わだかまりが残ってると気持ち悪いから追記しておく。
crowserpent こういう回路で、いじめの経験とミソジニーは繋がっていくんだよね…。
crowserpent 私自身が当の「はてなの非モテ論者」だから、「慰撫を期待して裏切られた」という文句には私のことも入ってるのかもしれない。まぁ「慰撫を期待されても困る」と言えばそれまでなんだけど。
crowserpent ただ、この人に考えて欲しいのは、そうやって「男性の内面を断罪」している(ように見える)人たちが、この人と同じように、いじめや侮辱や偏見に晒されてきたかも知れないってことなのね。
crowserpent 「女性を人間扱いしない男性ばかり見てきた。いじめの被害を受けた男性ですら、慰撫してくれる対象としてしか女性を求めない。期待した自分が馬鹿だった」 …そんな風に思ってる人も居るかもしれない。この人を見て、この人と同じように。
<こういう回路で、いじめの経験とミソジニーは繋がっていくんだよね…>
繋がりません。
crowserpent氏がこの回路を用いてミソジニーを形成しただけで、自分にはミソジニーは無い。
ミソジニーが形成されるには、イジメで傷ついた自己の弱さを、マチョイズムによる強さの誇示によって補填するために、女性への支配欲や蔑視を強化する回路を用いる必要があるけども、自分は傷ついた弱さを弱さそのものとして受容して欲しいと願う感情が優位だったから、マチョイズムの対極にあって、ミソジニーは形成されなかった。あと、元増田記事にも書いたが、俺は巨大な散弾銃で属性を撃ちぬく行為が嫌いだ。憎悪を抱くなら憎悪の対象を流れ弾が無いように限定して撃ち抜きたい。
<「女性を人間扱いしない男性ばかり見てきた。いじめの被害を受けた男性ですら、慰撫してくれる対象としてしか女性を求めない。期待した自分が馬鹿だった」 …そんな風に思ってる人も居るかもしれない。この人を見て、この人と同じように。>
これは、「あなたは自らを被害者だと思いつつも、一方では女性に対しては支配欲の発露や性的モノ扱いを行う加害者でありミソジニストである…その事に気づいてみたらどうでしょう」といった『当て付け』を意味するコメントだろ。
イジメでの傷を受容してくれるなら、男性でも構わなかったし、直接的な人間同士の関わりよりは遥かに代償的になるけども『社会的メッセージ』でも構わなかったと明記している。つまり、実際の所、自分の内面にあった欲求は、誰か、あるいは社会的に弱さを受容して貰うことで、傷ついた尊厳の回復することであって、それは女性に対する支配欲の達成では回復されないものだった。
それに『この人を見て、この人と同じように』などと指摘されるまでもなく、自分と同じような立場にある人が女性に限らずいることは理解している。
というより、男/女に限らず居るだろ。小学生時代に『キモイ』とイジメられた、その後思春期に入り性別異和を抱いた、でも自分キモイという意識があって性的な自己表現が困難で生きるのが苦しい、だとか、そういった更に拗れてる人間も、おそらく存在するはずだ。『キモイ』とイジメられると、自らを恋愛などに繋がるセクシャリティの自己表現をすることが許されない、『性的無価値者』と規定してしまう意識が生まれる。ジェンダー規範に従えば、性的無価値を金銭などで補填し女性に対する支配欲で解決できる喪男より、価値を男性に見出してもらう事が必要な喪女のが苦しいだろうことは理解できるし、ジェンダー規範に自らの性的価値で立ち向かっていかなければならない『LGBTのT』は更に圧倒的に深刻だと推測できる。
性別異和とまでは至らずとも、肉体的性別と精神的性別の配分は別物だし、そのような個人の持つ絶妙さを全て一蹴して黒く塗り潰すのが『キモイ』という言葉であって、どや顔で『女性にも居るんですよ?』だとか、どれだけ下らない指摘をしているんだと思う。
従って、この全く的はずれな『当て付け』は、私の内面を精査して構成されたというよりも、むしろ、単純な恋愛社会とジェンダー規範に沿って構成されたと見える。
あるいは、crowserpent氏が、元増田記事を鏡としてcrowserpent氏の内面を発見してしまったわけですね。
他者の内面を断罪したがる人は、自分の内面を他者に見出してるだけだ。
だいたい、『ただ、この人に考えて欲しいのは…』この文面は『私も以前こう考えていましたが…』と書き連ねても、同じ意図は表明できたはず。
自分の元増田記事の主な意図のひとつは『勝手に人の内面に過失を見出すのはやめてくれ』という内容だった。『散弾銃でミソジニー、悪、などと指摘してくる正義の人達がいた』と書いたけども、その記事へのコメントで、まさに直接に内面を断罪する銃で撃たれたのは酷い。さすがはてなだと思った。
crowserpent氏のようにはてなの論者は、自省の形式を取ることで自らを無敵化しつつ、『自省』を『他者』に押し付けて、内面の悪を『発見させる』論法を用いるから、極めて邪悪だ。
15年以上前の話、小学校低学年だった頃、クラスの女子にイジメられていた。キモい、ウザい、死ねとイジメられていた。
暴力的なイジメはなかった。常に精神的な言葉や態度に依るイジメだった。
今思えば、肉体的な暴力的なイジメだったら、反撃できたと思う。言葉によるイジメには反撃出来なかった。『女の子に暴力を奮ってはいけない』という道徳律に縛られていた。
女子に対する言葉による反撃は何の意味もなかった。一対多では端から勝ち目がなかった。
学校ではずっとイジメられていた。小中とずっと、女子にイジメられていたから、いつの間にか自分は『そういう立場に置かれている存在』だと思い込んでしまった。
本当は思い込まなくてもよかった。塾では普通に皆と、和気藹々と会話できていた。でも、学校の場の空気が自分をイジメられっ子の立場に押し込んでいた。
イジメられ続けたまま、小中学生時代が終わった。小6の時に自殺しようと思ったけど、出来なかった。今思えば此処で終わらせておけば楽だった。
結局、誰も助けてくれなかった。教師は事なかれ主義から、明らかに俺のことを見て見ぬふりをしていた。親はイジメられている俺を不甲斐ないと怒鳴るような人間だった。母親は『男なのにそんなだと馬鹿にされるよ』が口癖だった。
高校に入り、ネットなどを見始め、身近にある友人関係や家庭は破綻していたので、身近でない、遠方にある社会的な話題に触れることが多くなった。
思えばコレが間違いだった。ただ、自分にはどうしようもなかったと思う。身近な人間が誰も助けてくれなかったし、悪意を向けてくるのみだったから。政治社会的な話題を用いて、自分を慰撫するしか無かった。つまり、たとえば悲惨な家庭環境にある人間が、「虐待は悪」という社会的メッセージを読んで、救われるという流れだ。その頃の自分は、無意識に「女子からのイジメ」を慰撫できる社会的メッセージを探していたのだと思う。
ネットで、自分と同じ立場の人間が居ないか、イジメの話題で調べるようになった。結果として、吸引されるように、喪板などを見始めた。
『そういう立場に置かれている存在』の女性からのイジメ経験談が書きこまれていて、似たような人がいることを知って、多少救われた気がする。
『そういう立場に置かれている存在』に名前が付けられていたことを知った。『非モテ』だった。
そのうち、「はてな」も見るようになった。「はてな」で知ったことは、ミソジニーなどの単語や、ジェンダー論や非モテ論で、男性は強者であり、社会的に自省するべきと規定される存在だと言うことだった。
これには、イラついた。
だが、自分と同じような立場にある『そういう立場に置かれている存在』を名指しして、「政治的に正しい人達」がその内面を断罪していた。女性に対する恨みなんて無かった。ただイジメから来る惨めさから、後退しているだけなのに、散弾銃でミソジニー、悪、などと指摘してくる正義の人達が居た。全くの他人に対する指摘だとはわかってるけど、散弾銃の弾が自分にも当たってて痛かった。
どこか自分が悪い気がしてきた。でも自分は悪く無いと思っていた。自分はどう考えても強者ではなかった。イジメられていた弱者だった。でも自分の内面が断罪されているように思えた。本当は誰かに慰撫して欲しかった。身近な人間でなくても、単なる社会的メッセージでもよかった。誰もしてくれなかった。『キモイ奴は一人で死ねば』だとか『男性は強者で自省すべき』だとかそんな言葉しか無かった。
はっきり言って、『弱者』『少数派』と認定されて社会的に慰撫して貰える『社会的弱者』が羨ましかった。自分はマイノリティにすらなれない、イレギュラーだった。
このような話題や、議論を見ている内に、悪性サイクルに取り込まれた。
こんなことはもうやめる。馬鹿だった。
自分はただ、イジメられている時に、助けて欲しかっただけだった。
身近な人間は誰も助けてくれなかった。遠方から発せられる、社会的なメッセージは、男性は強者であり悪いと断罪していた。
非モテだとか、弱者男性だとか、ジェンダー論だとか、本当は、全てどうでもよかった。
そもそも『モテ』や『非モテ』には一切の興味がなかったし、恋愛はどうでもよかった。自分は草食系どころか霞食系だった。社会構造などもどうでもよかった。ジェンダーもどうでもよかった。政治思想的に男性を断罪する人達が指摘する『内面』は、自分には一切関係のないものだった。他人が勝手に内面にありもしないものを見出して来たから、もしかしたから自分にもあるのかもしれないと思い込んでしまっただけだった。女性に対する恨みなんて存在しなかった。身近な人間が誰も助けてくれなかったから、政治思想に何か縋れるものがあるのかもしれないと思い込んでしまった。自分は馬鹿だった。
女子からのイジメによって発生した惨めさが、子供の頃に解消されず、いつしか政治思想的な話題に吸引されて、悪性サイクルに取り込まれていたに過ぎなかった。
本当にばかみたいな話だ。
こんなことは、2011年ですべて終わりにする。
C-PTSD者の作ったblogやサイトを見ていると、恋愛を重視してる人が多かったりする。そして、必ず理解してくれる人がいますとか言う。
実際、病的に親密な対人関係を求めていたところはある。残念なことに、その行動故に更に悪化したのだが。
女性は救われやすい印象。C-PTSD者はズブズブの依存関係に陥る。女性の場合はこの行動の延長線上で、「良い人」に出会えて救われやすいと思う。
男性の場合は強い。福祉関係などを仕事にして過去を晴らすかのように、社会と闘っている人が多い傾向があると思う。
診断名を僭称したいのなら「境界性パーソナリティ障害」が良いんじゃないですかね。
主に社会学者や政治議論好きが、ネット上で被害について語ってたりする。
見ているとわりと癒されたりする。
何故って、一見やさしいから。
「(政治的な)敵」を名指しして、奴らがあなた方の敵だった、奴らを消し去れば社会はよくなる。
と語ってるから。
誰もそんなことを言ってくれなかったから、政治のフィルタを通して語りかけてくる政治屋だけがやさしく見える。
やさしくしてくれて、ずっと恨んでいた敵を非難までしてくれたら飛び付いてしまうのもやむなし、である。
「個人的なことは政治的なこと」とか言ってたりする。でもこれは動員の言葉だ。
当事者は政治屋を必要としてないが、政治屋は当事者を必要としている。
具体的に言えば当事者が必要としているのは感情的に適切な関係であって、政治屋が必要としているのは政治的に用いれる道具だ。
この齟齬があるから、気の毒な当事者が政治に取り込まれていく。政治はパンとサーカスしか与えない。
詰んでるからどうでもいい。
もともとフェミは『家族』とか『家庭』という構造自体に反対している人間が多いってのもあるが。
WAN:Women's Action Network「労働」概念は変化したのか? 伊田久美子
私は70年代以降のフェミニズムは、以下の2点を明らかにしたと思っていた。
ひとつは、稼ぎのない妻の利害は「稼ぎ手」である夫と一致しているように思い込まされてきたが、
それは必ずしも一致しないこと、もうひとつは、「主婦」と「働く女」の利害は対立していると思い込まされてきたが、
実はけっこう一致している、ということである。
ミクロな権力関係を含んだ「家父長制」と、一心同体とみなされてきた家族の中の仕事を労働であると主張した「家事労働」という二大キー概念は、
ここまでは解る。個人的にも、ある時点まではフェミニズムは社会に有益な働きをしてきた、とも思ってる。
しかしこの日のシンポジウムを聞いていると、どうやら二つとも私の勘違いだったかのようである。
むしろ女の多様化とか女女格差という議論の展開によって、上記の課題の重要性は希薄になっているのだろうか。
たしかに70年代の「女」というアイデンティティは今の時代には既に齟齬があるだろうし、
この変化は機会を改めて考察したいテーマである。しかしあのとき開けた構造の認識は、
運動にとって貴重な相互理解を可能にしたであろう。
なぜなら女たちが手探りで模索したフェミニズム理論とは、異なる立場の者、知り合うこともない者との連帯を可能にするためのツールだからである。
http://wan.or.jp/reading/?p=5396
運動が拡大する前は、どうしても頭数がいる、そういう利害もあって
活動に参加する時間がある専業主婦層を大量に取り込んだって感じなんだろうか。
そして今は女性側の権利もほぼ満たされ、より雇用の拡大をポジティブアクションで実現しようとしている、
その理屈はわかりやすくていいな。
結局、好むと好まざるとに関わらず女である以上ジェンダーで武装しないと生き残れない。
極めて適応的で、合理的。もしそうなら好感が持てるな。
理系もかなりの男社会だと思うが。理系ならジェンダー云々とか使いようがないけど。
セクハラ横行し放題だし、女は本人の実力より夫の実力で判断されるし。
大学で、何となく興味の湧いた授業(レジュメには「ジェンダー」の文字なし)に出てみると、教室に入ってきた先生は女性。
少し嫌な予感を抱きつつ、しばらく講義を聞いてると、案の定出る「ジェンダー」の言葉。結局始まる「女性学」。
正直「またか…」という感じでガックリして、それ以降の話は耳に入らなくなる。
女の学者って、学生時代モテなかったとか、手痛いフラれ方をしたとか、
そういうコンプレックスを解消するために学問やってるだけなんじゃないの?
逆に男の学者が何でもかんでも「男性学」に結びつけて語り出したら、気持ち悪いよね。こいつ馬鹿だな、って思うよね。
女だったらそれもアリなの?
「男性は性的主体であり女性は性的客体である」というジェンダー規範や、
女性が男性に常に性的な目で評価され、罵倒され、消費されることが容認されている現状に反発する女性たちが、
ボーイズラブ作品の中で「男が男を性的に評価する」「男が男に性暴力を振るう」というファンタジーを消費し、
しかし私はそういった性的ファンタジーを必要としていないので、実感的な部分については書けません。
専業主婦の妻を「誰の金で生きてると思ってるんだ」と支配していた夫が失業し、なかなか就職先が決まらず、
パート勤めなどを始めた妻に逆に扶養される事態になってしまい、日に日に精神的に追い詰められていくようなストーリーは好きです。
はてサってかはてな政治厨?Twitterにもいるけど、セクマイ論やジェンダー論語ってる政治議論好きクラスタ。はてセクって呼べばいいのか。
Twitterで知り合って仲良くなった友人(年下10代半ば、自分は20前半)がSkypeで、はてなやTwitter政治クラスタで見掛ける痛い過激派なセクマイ論語ってて、勘弁してと思った。
一応なんか嫌なことでもあったのかと話を聞いてみたらとくに現実が元だったわけじゃなく完全にネットが元ネタだったようで、よくあるネトウヨにハマる系黒歴史のはてな版を見てしまった気分。
別にどんな政治思想にハマるのもいいんだけど、ネットのゴミみたいな政治ネタ経由でハマるのはやめろよと思うし、あとはてなって利用者層が30~40代メインなんだから、セクマイ論語ってるのも30~40代だろ。しかもやたら雄弁にセクマイ論語ってる奴ほどヘテロが多いという謎。意味わからん。
ひとことで言うと話古い。あと政治厨って断定口調で語るくせに異様に視野が狭い。どこの話だよアレ。あれはヤバい。10代半ばとかで騙されるとかなり危険。
過去の人間の語る過去の現実を写した、しかも異様に視野の狭い言葉に唆されるくらいなら、すぐそこにある自由度の高い環境に目を向けたほうがいいだろって思う。Twitter使ってんだし・・・
ということをわざわざはてな匿名ダイアリーで愚痴る。
本当はTwitterでreplyすりゃいいんだけど、仲間内利用アカウントのみで、NaokiTakahashi氏と隣接するようなアカウントを持ってないので。
増田に書いとけば、そのうち氏のエゴサーチに引っかかりそうなのでココに書く。
ぶっちゃけ、日本(ということは全世界)の「シナリオライター」で現行の「オタク・二次元文化」に専門的に詳しく「ラディカル・フェミニズム」や「ジェンダー論」「セクシャルマイノリティ論」にも高度に詳しいのはこの人だと思う。
つまりNaokiTakahashi氏に一度でいいから「セクマイもの」のエロゲシナリオを書いて欲しいんですよ!!
ラディフェミやジェンダー論やセクマイ論がこっそり絡んでるような「セクマイもの」のエロゲ。
まあ商業ライターだし、これは売れないだろうなあ・・・採算取れないだろうなあ・・・とは思うんだけど。無理強いですね。まあネットに書くだけならタダなので。…市場需要を発信したく思いまして。
ヘテロ・ゲイ・バイ、性自認男、女、中性、色々あるけど、セクマイの中でもマイノリティな存在があるわけです。
肉体は男で、性自認的には男は余り好かない、MtFは違う、本当は中性的なのがよかったけど、でも現実には男だから男に適合しないといけない、ゲイにもなれずバイとも言い難い、じゃあヘテロかと言うと当然違う、恋愛が理解できなくて無性愛に近いけど性欲はわりと強い…
自分みたいなどこの枠にも嵌りづらいタイプで草食系だと、LGBTコミュニティの多数派にも適合しづらいし…
Twitterやはてなのおやさしくて良識的なインテリは勘違いしてそうだけど、ガチのセクマイの中でもマイノリティだと「二次元文化」とやけに相性がいいんです。なぜなら、現実の肉体・社会と精神面がズレ過ぎで、紙の上に描かれた想像のポルノが一番「自分の性」に適合してる気がしてくるから。日本の二次元ポルノは世界一多様なので。オタクは女性差別的って言ってる人は、メジャーなヘテロ用のポルノしか見てないと思う。でもメジャーな大通りがあるからこそ、マイナーなセクマイポルノも生存できるんだし。色々とズレるけど即売会だとふぁーすととか(でもケモノクラスタのセクマイ率高いよね)。ヘテロが嫌いだからって規制されたらセクマイも死ぬから困る。
「セクマイ」といったって、みんながみんな「セクマイ論者」で、あるいは「フェミニズムやジェンダー論」大好きだったりするわけじゃあないし。
セクマイ論者はあくまで「イデオロギー的に結託したセクマイの集合」。だと思う。
もちろん、彼らが結託して社会的に闘ってくれてるおかげで、自分みたいな弱小一般人のLGBTが制度的に楽できていられるのはわかるんだけども。
フェミニズムの語る「男は暴力性や支配欲がある」が大嫌いです。自分にはそんなものはない。
攻撃性が変に内側に向かってるし、性的には被虐欲強いとか言うアレ。でも実際に暴力は振られたくないですね。ただ「そういった作品」を読むのは好み。
はてなやツイッターとかでオタコンテンツを「ヘテロの暴力性丸出し」とか言ってる人も嫌い。
「人間の性」は、とくに「性表現」は、社会的に統制していいものじゃあないと思う。
作品が暴力性をまとっていたとしても、読んだ人間がどう受け取るか、人の数だけ多様なので。
ラディ・フェミの語る誰得論を知ったせいで、変に自分の性が拗れたんだけどー、まあ要はインプットが自己責任だしな。
つまり何が言いたいかというと、一般社会の男の枠組みの中で育ってはじめから拗れてる上に、実はヘテロ男ではないことに思春期に気付いちゃって、ゲイかと思ってたら違って、あれ性自認も男じゃなくね?って気付いちゃって、その上更にラディ・フェミの男に対する暴力性を内面化しちゃって、攻撃性や支配欲は内向きに拗れてて、もう色々とセクシャリティがメビウスの輪状態なんですよ自分。
どーすりゃいいわけ?これ。ほんと。でもこれ、陵辱系エロゲの素材としてウケると思う、主に自分に(←これが言いたかった)
それに、はてなとかTwitterで「どや顔でフェミニズム語ってる男」「女性の守護者ぶってる男」「セクマイに理解ありますな人」って脂ぎった肉食系中高年男性が多すぎだと思う。バブル世代あたりの。
なんか認識がすごい古いし、セクマイ理解のためにBLを嗜んで、したり顔してそう。
ああいう人達は自分が男尊女卑だからこそ、他人の中に「女性に対する暴力性・支配欲」が見えちゃってるんじゃないかと常々思ってます。
敵の論を学んで論戦とかしてた高橋先生なら「ラディフェミ」「ジェンダー論」「セクマイ論」を絡めた、主人公がセクマイの(できれば性自認は男でも女でもないほうがいいなー、ホモルートにもヘテロルートにも男の娘ルートにもいけるし)ドロドロの陵辱系エロゲーを書いてくれそうなんだけど・・・純愛でもいいです。どっちも好きだし。
まあこれって商業的じゃないよね。
用事を済ませたあと、怖くない先輩として有名な俺は、後輩と部員ではないが後輩の友達という院進学を控えた女子大生一緒に談笑。
ひとしきり語り合った後、「何かあったらアレだし(どれだよ?)、連絡先教えて」と女子大生に声をかける。
厳密にいえばナンパじゃないかもしれないが、ナンパを始める前はこんなメアド交換の申し出もできなかった。
ナンパなんてしない(できない)けどサークルやバイト先で彼女を作ってる奴らは、これくらいのことは平気でできてたんだろうな。
コミュ障の俺はナンパという迂回路を経なければ、ここまで来れなかった……。
自宅への帰路、レザージャケット、デニムのショートパンツと黒タイツに身をつつんだスタイルのいいメガネっ娘を発見。女子大生のこともあり、深追いすることもないかとそのまま帰宅しようとしたが、「それは逃げじゃないか?」という内なる声に気がついて、追いかける。交差点の信号で見失ったが、おそらくこの先のスーパーで買い物だろう(手ぶらでバッグも持ってなかったので駅までは行くまい)。案の定、店内で再度見つける。店内の照明でようやくはっきり顔を見たが、造形はまあまあであるものの、ニキビで肌荒れがひどい。これは行かなくてもいいか、という気もしたが内なる声にまたもや叱咤され、店を出た後を追いかける。今度は交差点で追いつき、信号待ち。
「こんばんは、すごくきれいな人だったんでご挨拶しなくちゃと思って」
「あはw…・・・(照れ笑い)」
声をかけるとたいていの人ははにかんだ笑顔を見せる。嬉しさ30%、恥ずかしさ70%というところか。
娘「いえ、まだ何もやってないんで」
娘「いや」
娘「いや、彼氏のところで」
俺「あ、彼氏いるんだ?じゃあ、メル友だけでもなって(「そりゃこんなに可愛かったら彼氏いるよね」くらい持ち上げれば良かった)」
娘「彼氏が怖い人なんで」
俺「彼氏、メル友くらいはいいよって言ってなかった?」(某ブログからパクリ)
俺「じゃあ、番号教えるから一度だけでいいんで記念に連絡ちょうだい」とメモ渡す(あわてて書いたから字が汚い、何とか読めるだろう)
俺「よろしくね。突然話しかけてごめんね。怖かった?」
娘「いいえ大丈夫ですw」そう、非モテが声かけたくらいで女の子は気分を害したりしないのだ。
俺「じゃ、またね。レザージャケット決まってるね」
ちなみに俺は、割と読書家でフェミニズムやジェンダー論もある程度読み込んでいる。この知識とナンパという行動が矛盾してるのかどうか、いまの俺にはまだわからない。
なーんか実効性が薄い(これでも婉曲表現)話ばっかりする人や
何かを罰しよう罰しようというムードで話をする人
こういう人が現れて、
なんだろうと思って少し経過を見たり掘り下げて行ったりすると結局
ご本人がセクマイさんでこれまでの辛い体験が未解決だとか
思春期にお父さんとどうこうがあった人でトラウマがわーわーとか
そういう個人的な話にぶち当たる。
いやそこは、尊重はしたいけども。
現実の案件に破綻気味の論理やオープンリーチな感情で参加してきて
ドラマとかだったら犯人の思い掛けない同情すべき過去が開陳されて
「そうだったのか…」と一同立ち尽くしたりするけど
現実の案件ではあなたはその話題の中心でも犯人でもないんですから。
そういう話を混ぜたいならせめて
参考意見として冷静に添えられるぐらいに傷が癒えてからにしてよ。
お大事にしてほしい。