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2012-01-27

村上春樹の猛々しい想像力 (3/3)

Sam Anderson

2011年10月21日

1 - 2 - 3

翻訳は、村上の作品を組み立てる原理だとさえ言えるかもしれない。

彼の作品は翻訳されているだけでなく、翻訳についてのものだと考えられるのである

村上ストーリーにおける至上の愉しみは、とても普通の状況(エレベータに乗っている、スパゲッティを茹でている、シャツアイロンがけしている、など)が

突然非日常不思議電話を受ける、魔法の井戸に落ちる、羊男と会話する、など)へ変貌するのを見ることだ。

言い換えるならそれは、登場人物が存在論的に盤石な立場から完全な異世界へと投げ込まれ、

たどたどしくも二つの世界の間をとりもつことを余儀なくされる瞬間だ。

村上作品の登場人物はある意味でいつも、根底から異なるいくつかの世界あいだで翻訳をしている。

平凡と奇妙、自然超自然田舎と都会、男と女、地上と地下。

言い換えれば、彼の全作品は翻訳の作業を劇に仕立てたものなのだ



村上の車の後部座席に戻ろう。

私たちは東京を離れ、ベッドタウンに入った。

多くの企業本社や、巨大な船のかたちをしたラブホテルを通り越していく。

およそ1時間後、風景は急峻な山道になり、私たちは村上の家に到着した。

木の生い茂る丘の上、山と海の間にある、こぎれいだが平凡な外観の二階建てだ。



靴をスリッパに履き替え、村上に連れられて彼のオフィスへと入る。

自らデザインした小部屋であり、『1Q84』のほとんどはここで書かれた。

同時にそこは彼の膨大なレコードコレクションの住処でもある。

(10000枚くらいだろうが、怖くて実際に数えてはいない、と彼は言う)

オフィスの幅広い壁二つは、床から天井までアルバムで覆いつくされている。

山々に向けて突き出している窓の下、部屋の端には巨大なステレオスピーカーが君臨している。

室内のもう一つの棚には村上人生と作品にまつわる思い出の品々がある。

彼が『海辺のカフカ』で殺人者として想像したジョニーウォーカーを描いたマグカップ

はじめてマラソンを完走したときの、くたくたの彼を写した写真1991年ニューヨーク市にて、3時間31分27秒)。

壁にはレイモンド・カーヴァー写真、グレン・グードのポスタージャズ巨匠の肖像がいくつか。

村上もっとも好きなミュージシャンテノールサキソフォンスタン・ゲッツ写真もある。



私はレコードをかけてもらえないかと頼んでみた。

村上はヤナチェクの「シンフォニエッタ」を取り出した。

1Q84』の始まりを告げ、その物語のなかで繰り返し鳴り響く曲である

作品で示唆されるとおり、渋滞で聞くにはまさに最悪の音楽だ。

それは速く、アップビートで、劇的──まるで普通の曲が5つ、ペンキの缶のなかで決闘しているかのようだ。

同時にそれは熱狂し、ねちねちとした、暴力的な『1Q84』の冒険の主題曲として、もっともふさわしい。

村上はその奇妙さを買って「シンフォニエッタ」を選んだという。

「一度だけそれをコンサートホールで聴いたことがある」

オーケストラの後ろにトランペットが15人いた。変だった。すごく変だった……その奇妙さがこの本によく合う。この物語にこれ以上よく合う音楽は思いつかない」

彼は何度も何度もその曲を聴いて、そして開幕のシーンを書いたという。

シンフォニエッタを選んだのはまったく人気がない音楽だったからだった。でも本を出版してから日本では人気が出た。小澤征爾さんに感謝されたよ。彼のレコードがよく売れたからね」



シンフォニエッタ」が終わると、私は最初に買ったレコードは何か覚えているかと尋ねてみた。

彼は立ち上がり、棚をごそごそと探して、一枚のレコードを手渡してくれた。

「The Many Sides of Gene Pitney」。

カバーを飾るのは、華やかな姿の Pitney。60年代前半のアメリカクルーナー歌手である。はまだらのアスコットタイに艶のある赤いジャケットを着て、髪型は崩れ落ちる波を凍らせたようにみえる。

村上は13歳の時、このレコード神戸で買ったという(当初のものは擦り切れたため、何十年か前に買い直している)。

針を下ろすと、流れ出す Pitney の最初ヒット曲「Town Without Pity」。

劇的な、ホルン即興とともに Piteny の歌声が黙示録的な叫びを歌う。

若者にはつらいことがある、たくさんある/分かってくれる人がほしい/助けてくれよ/土と石でできたこの星が壊れるまえに」



終わると村上は針を上げ、「バカな歌だ」と言った。



1Q84』というタイトルダジャレである

言語をまたいでオーウェル引用したものだ。

日本語では、9は英語のQのように発音される)



1Q84』を書いているあいだ、『1984年』を読み直したかと尋ねてみた。

彼は読み直したといい、それは退屈だったという。

(これが悪い評価だとは限らない。野球のどこが好きかと尋ねた際、彼は「退屈だから」と答えた。)



近未来小説は退屈なものばかりだ」と彼は言う。

「始まりはいつも暗く、雨で、人々が不幸せそうにしている。コルマックマッカーシーの『The Road』は好きだし、よく書けているけれど、でも退屈だ。暗いし、人間人間を食べるし……ジョージ・オーウェルの『1984年』は近未来小説だけど、この本は近過去小説だ」

1Q84』について「我々は同じ年を反対側から見ている。近過去なら退屈じゃない」



オーウェルに親近感を覚えたかと尋ねた。



オーウェルと僕はシステムについて同じ感じを受けていると思う」と村上は言う。

ジョージ・オーウェルは半分ジャーナリストで半分小説家だ。僕は100パーセント小説家だ……メッセージを書くことはない。よい物語を書きたい。自分政治好きな人間だと思うけれど、政治メッセージを誰かに向けることはない。」



はい村上はここ数年、彼にしては珍しく、政治メッセージを大々的に言明している。

2009年、批判のなか彼はイスラエルエルサレム賞を受賞しに行き、そこでイスラエルパレスチナについて語った。

この夏、彼はバルセロナでの受賞式典の機会を利用して日本原子力行政を批判した。

彼は、福島第一は二度目の核災害だとした。

一度目はまったくの被害者としてだったが。



バルセロナの演説について尋ねると、彼はパーセンテージを少し修正した。



「僕は99パーセント小説家で1パーセント市民だ」と言う。

市民として言いたいことはあるし、求められればはっきりと言う。あのときまで原発について明確に反対する人はいなかった。だから自分がやるべきだと思った。自分にはその責任がある」

演説に対する日本の反応は概ね好意的だったという。

人々は津波の恐怖が改革への媒介となってくれることを、彼と同じように、期待していたのだ、と。

「これは日本にとって転機になると、日本人ほとんどが考えていると思う」

悪夢だけれど、変化のチャンスでもある。1945年以来、僕たちは豊かになるために働いてきた。けれどそれはもう続かない。価値観を変えなければならない。どうやって幸せになるかを考えなければならない。お金でもなく、効率でもなく、それは人格目的だ。いま言いたいことは1968年から僕がずっと言っていることなんだけれども、システムを変えなければならないということ。今は、僕たちがまた理想主義者になるべきときなんだと思っている」



その理想主義はどんなものか、アメリカ合衆国モデルケースとして見ているのか、と尋ねた。



アメリカはもはやモデルケースだとは思われていないと思う」

「いま、僕たちにはモデルケースがない。モデルケースを作り上げなければならないんだ」



地下鉄サリン事件阪神大震災、そして今回の津波……現代日本の数々の災害は、驚くほどにまで村上的だ。

地下での暴力的な衝動、深く隠されたトラウマが大量破壊を引き起こすものとして現れ、地上の日常を襲う。

彼は深さのメタファーを多用することで知られる。

登場人物たちはカラの井戸に降りていき、東京の地下トンネルに生きる闇の生き物に出会う。

(彼は別のインタビューで、井戸のイメージをあまりに何度も使って恥ずかしくなったため、8作目以降、できるだけ使わないように心がけたと話している)。

彼は自分創造性も、深さとしてイメージするという。

毎日机に向かい集中力に満たされたトランス状態の中で、村上村上キャラクターになる。

それは、自らの無意識洞窟たる創造性を探検し、見つけたものを忠実に報告する、普通の人物である



「僕は東京に住んでいる。ニューヨークロサンジェルスロンドンパリのように文明的といっていい世界だ。

 魔法じみた状況、魔法じみた物事に出会いたければ、自分の中に深く潜るしかない。だから僕はそうしている。

 魔法リアリズムとも呼ばれるけれども、自分の魂の深みのなかでは、それは単なるリアリズムだ。魔法ではなく。

 書くときには、非常に自然で、論理的で、リアリスティックで、合理的に感じる。」



執筆しないとき自分はどこまでも普通の人だと村上は強調する。

彼の創造性は「ブラックボックス」であり、意識的にアクセスすることはできないという。

彼はシャイであり、メディアにあまり登場したがらない。道端で読者から握手を求められた時にはいつも驚く。

人が話すのを聞くほうが好みだと彼は言う。

実際に、Studs Terkel の日本版のようなものとして彼は知られている。

1995年サリンガス事件があったとき村上被害者65人と被疑者らを1年かけてインタビューし、

その結果を分厚い2冊組の本として出版した。

のちにそれは『Underground』として、大幅な簡略化をしたうえで英語翻訳された。



この会話が終わったとき村上ランニングに誘ってくれた。(「僕が書くことについて知っていることのほとんどは、毎日ランニングを通して学んだ」と彼は書いている)

彼のランニングスタイル個性の延長のようだ。

身軽で、安定していて、実践的だ。

たがいの走り幅がつかめて1、2分たつと、村上自分が単に「丘」と呼ぶところに行ってみないかと尋ねてきた。

それは試合の申し込みか警告のように聞こえた。

そんな言い方をした理由はすぐに分かった。

というのもまもなく「丘」を登り始めることになったからだ。

もはや走るというよりは、急な坂にさしかかって足をとられているというほうが近く、

地面が傾いたランニングマシーンのように感じられた。

道の終わりに向けて一足踏み込むと同時に私は村上に向けて「大きい丘でしたね」と言った。

そこで彼は指をさして、先にジグザグ道が続いており、私たちはまだほんのひと曲がり目を終えたにすぎないということを教えてくれた。しばらくして、二人の息が切れ切れになってくると、このジグザグ道には終わりがないのではないかと心配になってきた。

まるでどこかの村上世界にある無限階段のように。

上へ、上へ、上へ。

しかし、やっとのことで、私たちは頂上に着いた。

海ははるか下に見えた。

それは秘められた巨大な水世界日本アメリカあいだの、人が住まない世界だ。

その日見たかぎり、水面は静かだった。



そして私たちは下りを走り始めた。村上は村を通る道に誘ってくれた。

大通りのサーフショップ漁師の家がならぶ界隈を通り過ぎた(彼はそのあたりの庭に古くからの「漁師神社」があるのを指差して教えてくれた)。

空気は湿っていて塩のにおいがした。

私たちは並んで浜まで走った。

村上がかつて名もない翻訳者だったころセントラルパークでジョギングをともにしたジョン・アーヴィングについて話をした。

セミについても話をした。

何年も土のなかで生き、地表にぽっと出て、わめき、最後の数ヶ月を木の上で過ごすのは、どんなに変だろうかと。

私がおもに覚えているのは、村上の安定した脚のリズムだ。



走り終えて家にもどると、私は村上の来客用バスルームで着替えた。階下で彼を待つ間、食堂エアコンの風を受けて立ち、大きな窓からハーブと低い木のある小さな裏庭を見ていた。



数分後、庭から迷い出た変な生物が私の視界に入ってきた。

最初それは鳥 – おそらくはその飛び方からして変な毛をしたハチドリのようにみえた。

が、すぐに2羽の鳥がくっついているようにみえだした。

飛ぶというよりはふらついているといった感じで、体の一部がそこかしこから垂れ下がっているようだった。

最終的に、それは大きな黒い蝶だと私は結論づけた。

見たことがないほど変な蝶だった。

浮かびながら、異星の魚のようにひらひらしつづけるその姿に幻惑させられ、

私はそれを既知の何かに分類したくなりかけたが、成功することはなかった。

それはひらひらと、およそ村上と私が走った道を引き返す形で、山から海に向けて飛び去った。



蝶が去ってまもなく、村上階段を降りてきて、食堂のテーブルに静かに腰を下ろした。

見たこともない奇妙な蝶に遭遇したことを伝えると、彼は自分ボトルから水を飲み、私を見上げて言った。

日本には色々な蝶がいる。蝶に会うのは変なことじゃない」

2011年10月21日

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2011-12-05

ビジネスボランティアの狭間に漂う嫌儲

ボランティア活動をビジネスにすると「善意を利用」等とやたら叩く人がいるけど意味からない。

ホッテントリの「『食べて応援』は幻想」なんかもそう。

自分福島産の野菜スーパーで見かけたら他県産と値段が変わらなくても買うが

正直ネット通販で生鮮食料品をわざわざ買うのは心理的ハードルが高い。

そんな自分のような消費者流通業者がいなければ福島産の農産物を手に取る機会は激減するだろう。

中抜きを否定すれば、その分取引額が下がるだけだろうに。



営利企業純粋意味でのボランティアなどするはずない。

ビジネスにするからこそ大規模に、永続的な支援が可能になるのに。

純粋ボランティアこそ幻想

むしろもっと儲けさせてやらないと。

儲ける業者が増えれば取引高も増え、仕入額は自然と上がる。

福島をはじめ被災地は大変だと思うが、ここでビジネスにされてやる位のしたかさがないとやっていけないだろうね。

そして善意を利用等と叩く人達には、じゃあおまえら私財を投げ打ってボランティアしてやれよと言いたい。



それにしても普段「福島農家殺人者」「福島野菜奇形児」等わめいて福島産の風評被害を広めている人達

「支援するなら定価で買い取れ」とブコメしているのには苦笑を禁じ得ない。

あんたらは「だから福島産を買うな」って言いたいだけだろうが・・・

2011-07-12

http://anond.hatelabo.jp/20110712122425

当たり前だろ。

殺人者は過失含めみな死刑が妥当。

2011-06-24

あるネット上の炎上の話。

どうしてこの憎しみを晴らすことができようか。(否、晴らすことはできない)



動画共有サイトyoutubeアップロードされた「いじめ動画」は2chネラーの心に火をつけた。

すぐさま、特定、晒し、中傷、電凸が行われ、まさしくいじめ加害者達は大衆による私刑を受けようとしている。



僕自身、いじめ動画を見て憎しみを覚えた。

この話を書くにあたってもこの憎しみが原動力になっていることは否めないが僕達自身は冷静にならないといけない。



僕達が人格人間であり尊厳を持ち、また、他者の人格を尊重するなら、つまり人間であるなら、

そう簡単に、その憎しみを個人的には晴らすべきでない。



まず彼ら(被害者加害者も両方)を傷つけることを避けることは一番の至上命題にしなければいけない。

少なくとも、被害者をないがしろにする正義は君だけの正義にすぎず、被害者からしたらむしろ迷惑だ。

加害者を傷つけることを避けることはもはや不可能だが、それでも注意を払わなければいけない。

人間であるかぎり、例え殺人者であろうと人格を尊重すべきなのだ。

そして未だ彼らは子供であり、未発達であり、更生の余地があることを考えると余計慎重にならなければいけない。


私たちは、相手が不正義すなわち悪ならば、何をしてもいいわけではない。

冷静に対応するということは、冷酷に残酷対応するということではない。

フェアに、彼らがどういうミスを犯してしまいどう償うべきなのか、そして被害者はどう対応してもらいどう保護されるべきなのか、

それを議論し考え、僕らの立場からは集団的圧力、非難として諭すのである




いじめた奴を徹底的に潰せ」。ただ単にこう暴言を吐くだけではいじめはなくならない。



あなたが通った学校でもいじめはあったでしょう?私が通っていた学校でもいじめはありました。


いじめを防ぐために学校はどういう対処をすべきなのか?一切の揉め事をもみ消すべきなのか?喧嘩は許すべきなのか?いじめをどう定義するのか?社会に出て生じるいじめとどう折り合いをつけるべきなのか?

私たちがより良い社会を作るために、それぞれの価値観を持ち寄りどうすればよくなるのかを議論し改善することができるはずだ。





もちろん非難も大切な行動の一つだ。

社会的制裁は悪というものを全人類に知らしめ、今後同様の悪をすれば実態を伴うリスクがあることを示唆する。

しかし、非難一辺倒は、単なる集団の暴走に終わり、彼らの生活基盤を破壊するだけに終わる。


感情は行動の原動力となり、巨大な圧力となる。圧力は他者の行動を変え、未来はより良い社会に向かうかもしれない。



暴言を吐き嫌がらせをし違法動画拡散し、子供を中傷する人間は、いじめ加害者となんら変わらない。

むしろ、そういう陰湿ないじめをする人間いるからこそ日本学校職場いじめがなくならないのかもしれない。



目には目を、では世界盲目になるだけだ。

弱い者ほど相手を許すことができない

許すということは、強さの証だ



そして、加害者にはもう一度チャンスを与えるべきだ。

もし、今までの罪をあらため今後同様の罪を犯さないならばのうのうと無かった事のように生活をする権利を与えるべきなのだ。



いじめは悪である。非難されてしかるべきものである

加害者を最終的に許し、のうのうと暮らさせることはいじめを許すことにはならない。


我々が悪意と誹謗中傷だけに終始すればするほど、彼らは私たちを脅威とはみなすが、話は聞かなくなるだろう。

結局は問題はうやむやにされ、再発防止策は甘く、「いじめ」をこの学校だけの問題に終わらせ、被害者は報われず、そんなことにさえなりかねない。



この動画はいじめ動画じゃないという人が居るかもしれない。

本当の所はいじめられた本人にしかからない。

彼が嫌だと思っていたとしたらいじめだし、まったくもってそうじゃないならいじめではないかもしれない。

しかし、現状、彼から本当の事を聞くことは不可能だ。

学校からの圧力もあるだろうし、世間体もある。



だいたい、いじめと悪ふざけの境界線なんてないのだ。

最初は悪ふざけで相手も嫌がってなかったものでも、簡単にエスカレートいじめになる。

被害者は内心いやでも友達付き合いもあるし言い出すことが出来ない。


ただ僕は、このじゃれあいの不公平性と、彼の表情から実質的いじめであろうと判断したにすぎない。


でも、僕自身もいじめをしたことはある。

彼は僕のことをどう思っているかしらないが、僕自身は親友だと思っていたし、幼なじみだった。

そんな彼に対し、僕は毎日登校時に、彼の後ろに周り、靴のかかとを踏むのだ。

今思えば、あれはいじめだったと思う。本当の親友であれば、そんな悪ふざけなんてしないはずだ。

僕は彼をおもちゃとして遊び、人格を踏みにじったのだから僕自身も反省しなければいけない。


往々にして、多くの人はいじめに関わっている。

明らかな差別いじめ暴力をする人もいるし、同調圧力に負けて結果的にいじめに加担する人もいる。



いじめが悪いことだと知っていることを、それを止めることが出来るかは別問題だ。

塾でそれなりに中の良かったA君とB君は、エアガンの貸し借りで揉め、A君はB君をいじめるようになった。

受験を控えたある夜、極めつけにA君はB君の腹をおもいっきり蹴り、それ以来B君は塾に来なくなった。

B君は最後最後蹴られるまで笑っていた。B君にとってA君は友達以上の友達だったはずだ。

その後、A君自身も、B君をいじめて塾を辞めさせたというレッテル事実)を貼られ、クラス全体から、「無視」、「関わらないようにしよう」「陰口」という新たないじめに会うことになる。


僕は終始、傍観者だったし、受験前だったから極力関わらないようにしていた。つまりはいじめに加担したということだ。


その1年後。僕はいじめられていたB君と電車の中であった。

その時はいじめがあったこともB君の名前すら忘れていて別の友人の名前を出してしまった。

「よぉ、ひさしぶりやな尾崎

「あ、、、あれ、、、もしかしてC君!!!!」

「誰やねん。」

「あれ?C君だろ!?」

「違うわwwBだよ」

「あ!!Bかwwww塾で一緒だった。」

「Cって誰だよwww」


みたいな会話だった気がする。

ちなみに、B君の実名はもう忘れた。



いまの僕はどちらかというといじめられる側にいるが、運良くいじめられずには済んでいる。

いまなら、相手をおもちゃとしてではなく、一人の人格として尊重することもできると思っている。

でもいじめを止める自信はやっぱり無いなぁ、、、。



からさぁ、俺達はもっと違う対応のしかたが出来ると思うんだ。

なんていう話はいじめられたことの無い人間幻想かもしれないね

2011-06-15

http://anond.hatelabo.jp/20110615180609

横だけど、

男は死ぬときは一人だが、女の場合は――道連れに出来るわけで。

この意味がわからない。

好きな女や妻子、年老いた親を殺して自殺する男もいくらでもいるじゃん。

死にきれずに殺人者になってるパターンも多いけど。

それとももっとスピリチュアル的な次元の話?

2011-06-03

鳩山由紀夫首相は3日午前、菅直人首相が早期退陣を否定していることについて「きちっと約束したことは守るのはあたり前だ。それができなかったらペテン師だ」と述べ、激しく非難した

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110603-00000523-san-pol

これ完全に病気だよな。

サイコパス猟奇殺人者へのインタビューを読んでるかのような意味不明さ。

2011-05-07

オサマ・ビン・ラディン人生

外国人ジャーナリストに珍しく顔を見せるとき

オサマ・ビン・ラディン自分の手に視線を落とすのが常だった。

柔らかで少しかすれた声、優しいまなざし

通訳を好まない彼がインタビューで伝えたのは、その顔と裏腹な言葉だった。


 不信心者を殺すのはムスリムのつとめである

 2001年9月11日ゴミのように」空を舞う不信心者を見て自分は心から愉悦を覚えた。



その容貌は、殺人者というよりも賢者を思わせた。

自らの手を血に染めることはほとんどなかったが、

愛用のカラシニコフアフガニスタン戦闘ロシアから奪ったものだという。

サウジアラビアアメリカ基地イエメンアメリカ軍駆逐艦ケニアタンザニアアメリカ大使館

いずれの場合も「子供たち」の攻撃を遠方から見届けるのが彼の常だった。

賞賛されるテロリズムも批判されるテロリズムもある、と認めながら、

これは「聖なるテロ」だとしてイスラムを擁護したこれはイスラムを守る「聖なるテロ」だとした

9/11について当初は関与を否定したが、誇る気持ちが強くなったのか、

同胞19人を指揮したことをのちに認めた。



彼は自らを建設技術者とみなしていた。

建設業こそが50億ドルといわれる富をビン・ラディン家にもたらし、2500万ドルの遺産を彼に残したのだ。

1980年代に購入した掘削機、ダンプカー、ブルドーザーときには自ら運転しながら、

アフガニスタンソビエトと戦うムジャヒディンのための塹壕を掘り、

山に穴を穿って武器庫と野戦病院を作った。

それは1989年の不信心者らの撤退まで続いた。



1990年代に逗留したスーダンでは、道路を作ったこともある。

そのひとつハルツームからスーダン港への高速道路だ。

しかほとんどの仕事テロ組織をつなぐためのものだった。

アフガニスタンゲストハウスを作り、武器提供した際に作ったのが、マクタブ・アル・キダマト(「サービス部局」)、

次に作ったのがアル・カイダ、「基地である

この仕事の大半を支えたのはアブドラ・アッザム、彼の宗教的恩師だった。

そのネットワークは以後、アイマン・アル・ザワヒリらによって引き継がれたが、

個々の人員登用、到着期日、戦いの大義などを多数の文書に残したはまぎれもなく彼だった。

彼は自らが行った非道を伝えるメディアに目を配り、世界報道機関を手玉にとった。

ブランドを作り、組織世界規模のフランチャイズに育て上げた。

消息をたってからも、その顔はよい広告塔になった。

アル・カイダ」の旗を持つ兵士が二人いればアメリカ将軍が押し寄せてくる、と彼は誇らしげに語った。



彼の生き方ビジネスマンのようだった。

アフガニスタンパキスタンで消息を断ったあいだ、

電話インターネット時計すらも追跡の恐れがあるとして触れるのを避け、

洞窟や隠れ家を転々とした

それは、成功を収めた堅実な投資に現れていたのと同じ注意深さだった。

政治理念に左右されることはなかったが、

沈思黙考して夜を明かし、一日を読書に費やすこともあった。

礼儀正しく敬虔な御曹司が到達したのは、知識人でも夢想家でもなかった。



彼に必要なのは純粋な怒りだけだった。

それをもたらしたのは、1982年レバノンに侵攻したイスラエルと、

1990年サウジアラビアの聖なるメッカメディアに到着したアメリカ軍だった。

物心ついたときからアメリカへの憎しみが彼を苛んでいた。

不信心者を追い払い、

パレスチナを成立させ、

イスラエル破壊し、

サウジアラビアを支配する「異端」を追放し、

ワッハーブ原理主義イスラムを純化すること、

それが彼の望みだった。

一言に洗練させるとすれば、暴力に訴えるジハドと言えただろう。

ジハドとは、神の言葉の勝利を実現させること、

彼の言い方では、目には目を、の「相互主義」を実現させること。

それは全ムスリムに課された聖なる義務である



五人の妻のうちの一人によれば、彼にはこんな一面もあったという。

ヒマワリを見るのと蜂蜜ヨーグルトを食べるのが好きな男。

星の下で寝ようといって子供たちを浜に連れ出したことがある。

BBCワールドサービスが好きで、毎週金曜には友人とハンティングに行く。

ときには、預言者ムハンマドのように、白い馬にまたがって行く。

彼は、そうなぞらえられるのが好きだった。

人生で最高のできごとは全能の超大国という神話ジハドによって打ち砕いたことだと、彼は言ったという。



十年以上に渡ってその首にかけられた賞金が彼を縛ることはなかった。

ラボラの隠れ家や山々を渡る護送車への爆撃も、

アラーによって御される彼には届かない。

殉教のときは、来たるべきときに来る。

純粋ムスリムアメリカ人の違いについて、

アメリカ人が生を愛するのに対し、ムスリムは死を愛するのだと彼は言った。

十字軍特殊部隊に対して彼が抵抗したかどうかはさだかではない。

いずれにしろ、その弾丸は彼を讃えるものでしかなかった。



重要指名手配テロリストオサマ・ビン・ラディン5月2日、54歳で死す。

Obituary: Osama bin Laden, the world’s most wanted terrorist, died on May 2nd, aged 54

May 5th, 2011, The Economist

http://www.economist.com/node/18648254

2011-03-25

地震放射能がなくたって日々の生活は今までも充分リスキーだったろ

日々食べてるファーストフードとかコンビニ飯とか何入ってるかわかんないから、将来なんかの病気にかかるかもわかんないとかさ、



突発的に、しかし定期的に発生する無差別殺人者とかさ、



そもそも現代日本人の生活なんて不摂生なんだから、よっぽど健康に自覚的でないと、中年以降に病気持ちになるのがあたりまえだしさ、



まだまだ続く不景気な上チャイナマネーの力は伸び続けるから仕事だっていつ失うかもわからなくて、単純に生活レベルを維持してくだけだって実は難しいとかさ、



仕事があったって、鬱病にかかる人激増とか、精神を病んでその後の人生が死ぬほどつらくなるリスクは増え続けてるとかさ、



政府が正しいこと言わないのだって、それこそ今まで散々聞かされてきたし、そんなの教科書にすら載ってることだろ?



3月11日以前は、ずーっとそんな話題ばかりだったじゃん。



みんな、自分の生活はそもそも死ぬほど脆いんだってことぐらい、ちゃんとわかってるんだと思っていたよ。



水道水の放射能濃度が、今さら多少増えたからなんだっていうんだ。



そもそも不確定過ぎる明日が来るか怯えるより、肝をすわらせて、今この瞬間に生きていることに感謝しながら生きていったほうが良いよ。

2011-03-06

http://anond.hatelabo.jp/20110306142157

デートレイプたいな極端なケースを持ち上げてコミュニケーションアプローチ包括的に否定するのは暴論すぎる。例えるなら「オタクから殺人者が出たケースがある→つまりオタクは全部危険人物」ぐらいの極論。

2011-02-14

http://anond.hatelabo.jp/20110213104402

ホームレス」を「ビッチ」に置き換えてみてください。それでもあなたの後輩は会いたいと言うでしょうか。男なら「殺人者」でもいいです。

2010-12-17

http://anond.hatelabo.jp/20101217140659

一人殺せば殺人者で、千人殺せば英雄。では一人も殺さなかったら? それは誰の心にも何も響かせることができないということだろう。

2010-11-25

http://anond.hatelabo.jp/20101124154127

例えば自殺サイトで集まった人達が車の中で練炭炊いて、自分だけが助かったような場合等、助けられる状況にあったのに他人を助けなかった場合保護責任者遺棄致死罪という犯罪になり得ます

>その私の存在の言い方が気に入らなかったのだろう、さらに何か言ってこようとしたが、

と書いてある事からも、恐らくその親戚の方は気付いているでしょう。あなたの言い方が気に入らなかったからではない、あなた故意放置して殺したという事を分かっているのです

あなたはこれからも親戚中で殺人者と、後ろ指を指される事になるでしょうが、自分の犯した罪に人生を懸けて向き合って下さい。

http://anond.hatelabo.jp/20101124154127

殺人自白をしているクズを見つけた

こいつは人を殺した癖に、その罪を正当化させて

罪悪感から逃れようとしている

同情の余地はあるがこれは疑うまでもなく殺人

一応警察に通報済み、この殺人者がしっかり裁かれる事を願う

2010-11-02

http://anond.hatelabo.jp/20101102122531

どちらも同じだよ。

むしろ「メイド喫茶」はただの観光スポットと化しているので冷やかしにいく位なら何とも思わない人も多いだろう

ふむふむ、そうすると件の殺人者が「一般人」の枠から出てしまったのは、やはり「殺人を犯した」点のみであって、結果論基地外と分類された事にならないかね。

2010-09-30

アラサー女が装甲悪鬼村正を語る

大傑作ですよ、これ。

最初は「おれは新世界の神になる!」とかイッちゃってるヤンデレな妹に殺されかねないくらいに愛されて困っちゃうお兄ちゃんの話かと思いきや、それが軸ではあるんだけどその周りにくっついてきてるモノの量が半端じゃなくもうお腹いっぱいなのについついジャンボパフェをいくつも食べてしまうような気分になった。あとから考えるとどう考えてもギャグにしか聞こえないのに本気だし本気だと思わされてしまうところもすごい話だった。


まず、各ヒロインがとても濃い。

正義のためなら自分の肋骨や腸をえぐり出して攻撃することも厭わない正義感少女とか、生まれつき生き物を殺すことが大好きなフリークスなのに人間世界論理というものをちゃんと理解してそれと折り合いを着けているけど論理的に一般大衆の敵だと判断したが最後笑顔マシンガンをぶっ放すおねーさんとか、どう考えてもツンデレです本当にありがとうございました蜘蛛の人とか。


次に、主人公がとっても重い。

厄介な呪いにかかってしまったことがきっかけで大量殺人者としての人生を歩むことを余儀なくされてしまったのに、自己肯定をカケラもしない。全部俺が悪いんだの一点張り。でも決していじけたり投げやりになったり狂うことに逃げることはなく、目的を果たすまでは殺人者としての道を外れられないけどそれを果たしたら法のもとに裁かれることを唯一の希望にしている、そんな人。

もうね、そんな主人公にベタぼれ。根暗で無愛想で人付き合いが下手ででもいつだって誠意を忘れない。そしてそんな人だからこそ、自分の罪から逃げられなくてどうしようもないところをぐるぐるぐるぐる何時までも回ってる姿を見て、言葉が変かもしれないけどいとおしさを感じる。はい本当にベタぼれです。あと声が好き。


で、こんな主人公が各ヒロインに関わることで自分の罪と贖罪の道に答えを出すのだけれど、それがまたすごい。

主人公は自らを悪と認め人を殺すことはどんな理由があれども悪でしかないとの答えを出し、世のために正義の名を掲げて悪を打ちこの世に希望を取り戻したい正義感少女と真っ向からのガチバトル。

殺人狂のおねーさんに復讐対象とみなされ断罪され殺されることに生きる希望見出し、そのおねーさんの腕の中で安らかに殺されるとか。

ツンデレ相棒にあんたも所詮フツーの男でしょやったこと全てに責任を負える立派なすごい男じゃないでしょーが!とグリグリされて罪を償えなくとも生きていること自体に価値を認められるようになるとか。


そしてヤンデレかと思いきやまるっきり正気だったのがすっげー怖い妹関連もすごい。天下に武を布き『強いヤツがえらいヤツ』という世界をつくりだしてその世界で全ての人類に勝ち、神様になりたいなどとのたまっている妹さん。こんなとんでもない考えをどうして実行したいのかというと、その理由はひとつ。「父に愛されたい」という想い。妹曰く、父は人の法によって自分から奪われてしまった、では神になって神の法を布けば父は自分のもとに帰ってきてくれるはず、とのこと。今お前の前に父親を引きずりだしてきたらどうだと訊いても、そんなのは人類の意思に負けた偽物の父親が出てくるだけだからダメだと。んで、いろんな人の思惑の手助けもあって最後には本当に神様になってしまう妹すげー。そしてそこまでやったけれども願いがかなわなくて、でも満足して死んでいった妹すげー。


それと上から目線になってしまうけれど、物理もしっかり理解出来ているのがシナリオの随所に見られてちょっとニヤッとしてしまった。重力を操れるということは時間空間も操れることだということが分かっていたり、創気、辰気、磁気とが強い力、弱い力、電磁気力にしっかり対応していたり。


いろいろ語りたいんだけどうまく言葉にならないことが多い。序盤に消えた悪役が最後の一歩手前で黄金の巨人になって再登場するゴッド右京とか、朝廷幕府GHQの三竦みの構図かと思っていたら実は違ったでござるとか、ばばあー!結婚してくれー!!とか、自分が実はマゾだということを鬼畜主人公に萌えたことで悟りましたとか、裏ボス殺しちゃったらゲームオーバーとか。

増田ステキだね。自分ブログには恥ずかしくてかけないこともこの場なら書ける。ここまで駄文に付き合ってくださった方、ありがとう。

2010-08-23

http://anond.hatelabo.jp/20100823012946

単純な殺人者は人を人として認識して殺す。よって人権は放棄されていないので、死刑にすべきでない。

レイシストは対象の人権を認めていない。よって人権を自ら放棄しているので、死刑視野に入れるべき。

http://anond.hatelabo.jp/20100823012512

レイシストは他者の人権侵害しているので、自らの人権も放棄し公共の為に差し出すとみなして良い

例えば殺人者なんかは直接的に他者の人権侵害してるけど、

殺人者死ね死刑にしろ!」ってのもサヨク的にアリなの?

2010-08-17

@jituzon という見上入道をこれ以上大きくするな

http://anond.hatelabo.jp/20100802203203

id:jituzonの殺人予告?の件  あたりに関しての話


「@jituzon は殺人癖を持っている」

「@jituzon は住所を特定して家までやって来る」

「@jituzon は精神科に通院しているから殺人を犯しても罪に問われない」


とか言われてるけどみんな実存過大評価しすぎ


実際のところのこやつは口がでかいだけの誇大妄想狂だよ?


そして何が性質が悪いかって「jituzonは殺人者である」「jituzonは家を探し出す/探し出せる」という周囲の評価に対して反論を行わないことで自分の影を大きく見せ隠然たる影響力を発揮しようとしている


奴を必要以上に恐れたブコメを書き込んだりブクマやめたりするのは 奴の策略にまんまとはまり奴の影の暴力的支配体制に力を貸しているということを自覚してほしい

2010-08-08

http://anond.hatelabo.jp/20100808114627

Aさんが殺人者かどうかは、大衆にとっては利益不利益もあまり生じないような?

人間生命身体を毀損した者を処罰しないと、社会に生きる人々は平穏安全に暮らせないでしょ。

公共の福祉=他の人権との調整=空気嫁 で大体あってる

http://anond.hatelabo.jp/20100808111014

公共の福祉大衆利益のため」という印象を持ってる。

たとえば芸能人プレイベートを週刊誌に書かれるのは、名誉毀損だとおもうけど

週刊誌側は大衆が知りたがっている、「公共の福祉」のためだ。とか。

#あまりいい例じゃないない。

個人の不利益を生じる(人権侵害される)が、公共の利益のためやむなしとかそんな感じに使う言葉

Aさんが殺人者かどうかは、大衆にとっては利益不利益もあまり生じないような?

公共の福祉って、どういう意味でつかっているの?

2010-08-07

戦う男の子物語には、倒すべき相手がいる場合が多い。倒すというと威勢がいいが、身も蓋もない言い方をすると殺しだ。強敵を倒して成長する、と書くと綺麗だが、人を殺して成長すると書くと、大変物騒だ。だが、無論殺人そのものに、そういった力があるわけではない。

殺しには動機がいる。「暴力は、正統な理由がなければ退屈である。」と、ヒッチコックもいっている。ただ、登場人物の動機を「アイデア1000本ノック」のようなもので作ったとしても、観客がそれを納得するかは別である。納得しないモノを出しても駄目なのだ。

船戸与一によると、冒険小説における納得できる殺人の動機は、大別して三つだという。「生体の保存」「任務遂行目的あるいは手段」「復讐」。「生体の保存」は、殺らなきゃ殺られる、というやつ。「任務遂行の~」は、プロ殺し屋軍人などに多い。

ロボットアニメを頭に浮かべる。

受け売りだが、ロボットの設定を凝りまくる場合、殺しの道具、ピストルナイフに凝る事に似ている。「いかにして相手を殺すか?」という事であるが、「なぜ殺すか?」については、ロボットそのものからは見えてこない。

ガンダムアムロは、最初は「復讐」だった。ほんっとに最初だけだけど。次は「生体の保存」、ついには「任務遂行~」になった。エヴァシンジ君は、強いて言うなら「生体の保存」だが、疑問である。廻り(ネルフ)が無理やり「乗せちゃえ!」という感じだったので、動機なき殺人、という気も、しないでもない。そのせいか、あまり成長もしなかった。

ただ、動機が「殺らなきゃ殺られる」だったとしても、殺る側の動機だって必要だ。昔は「地球を侵略しに来たのだあ!」などで済んだのだが、今ではそうはいかない。なんせ我々は進歩したのだ(ホントか?)。殺る側の動機を考えてみる。「俺は悪い宇宙人だから」「戦争だし、軍人だから」「考えた事もない」「システムがそうなっているから」「そういう決まりだから」あまりパッとしたものが浮かばない。

少年物語には、「あいつ気にいらねぇからブッ潰す!」とか、「強くなりたい!」という、ものすごくわかりやすい動機がある。が、ロボットアニメ場合軍隊と結びつく事が非常に多く、「強くなりたい!」という理由でミサイルぶっ放したとしたら、見ているお客さんがどう思うのか、何となく想像はつく。

凸凹軍対○×軍があって、凸凹軍に主人公やヒロインがいて、ライバル○×軍にいる、とする。戦争軍隊に居るのだから、戦闘には事欠かない。とりあえずの理由もある。軍隊にいると、色んな年齢や人種人達に会えるし、遠くの場所だって移動できる。宇宙に行ってもおかしくない。が、軍隊組織ロボットを事細かく描くだけでは、「いかに殺すか」だけで終わる。エヴァの後、敵の姿をハッキリと描かないアニメがあったが、戦いの理由がぼんやりしているというのは、危険である。主人公の動機がなければ、「しかたないよね、戦いだし。人を殺してもさ」。これがテレビの放送に耐えられるのか、私は知らない。(物語内の)個人の動機と、環境や状況を混同してはいけない。「人を殺してみたかったから殺した」と答える者は、いつまでたっても大人になれないのではないのかと思うが、そういう事を語るのは、専門家ではないので荷が重い。「成長成長って、そこまでしてなぜ大人にならなければならないの?」という問いが浮かぶ。これは「では、子供のままでいいのか?」とセットで考える必要がある。戦いを経験すると必ず成長する、という決まりはない。ロボットアニメの主人公は、成長しなければならないという決まりもない。決まりはないが、「最新ロボを操縦している少年は、幼稚なままだった」という姿を観客に見せる作り手は、おかしいと思う。黒い笑いを描きたいのなら別だが。

「戦う男の子」「戦わない男の子」「戦えない男の子」 こう並べてみると、男の子物語は、選択肢がほとんど無い。冷遇されているといってもいいし、戦ってりゃなんとかなるという、ある意味甘やかされてきたともいえる。なぜ十代の少年が、巨大ロボットに乗って敵を殺さねばならぬのか、という事を考えると、「戦う男の子」が、非道く揺らいでいるように見える。ふと考える。巨大ロボットのバックには、軍隊国家がある場合が多い。作る上では設定上、そうすると助かるのだろうが、十代の成長物語を描く上では、もう時代に合わないのではないか。戦う男の子目的地が、戦う男になる事しかないとするのなら、ロボットアニメにおける主人公の成長の定義は、いまだ戦中といっていい。生意気な態度をとり、戦いに悩んだとしても、それらは国家お墨付きの中で、である。最新型のコックピットの中で、である。愛国的であるが、単なる戦闘馬鹿ともいえる。「ロボットを作った『ナントカ研究所』の面々が、よってたかって主人公を一人前の男に仕立て上げる物語」でも、昔はよかったのかもしれない。だが、90年代にもなると、庵野監督をもってしても、動機付けすることは不可能になった。一人前の男にする事も出来なくなった。一人前の男とは何かすら、わからなくなった。深く設定を作ってしまったばかりに、動機があいまいでも、なんとかなってしまったのが皮肉である。

ロボットアニメに出てくる十代の主人公が持つ、殺しの動機。大人の職業軍人などが主人公なら、また話は別なのだろうが、今ではそれは怪しいものとなった。巨大ロボアニメは、以前と比べて人気は落ちたというが、それは分かる気がする。それとも、緻密な世界観だが、動機なき殺人者達が蠢くそ世界で、観客は満足するしかないのだろうか? 

最後に、ここまで読んでくれたあなたへ。この文章は「今のようなロボットアニメ少年を描くのは、もう無理ではないのか?」と、短く書けばこれで済む話である。こんな珍論、最後まで読んでくれてありがとう。。

2010-08-05

http://anond.hatelabo.jp/20100804143851

でないと、「アニメオタク幼児愛・性犯罪者予備軍」というのと同じレベルで、

育児で余裕のない主婦幼児虐待殺人者予備軍」ということになってしまう。

前者は正論だし、予備軍どころでなく違法化も支持されている

だったら後者正論で法制化しないとな

子どもを産んだ母親児童虐待の罪で逮捕すべき

少なくとも、エロゲ叩きに参加していた論者は全員そう主張すべきだ

2010-08-04

http://anond.hatelabo.jp/20100802162342

行政は大事だと思うが…。

行政に関する意見が見られないのは、それを語るだけの知識がないと考えるのが妥当だと思う。

育児中の母親(殆どが専業かパートと思われる)が集まるような所も見てみたけど、

痛ましい事件だとか悲しいとかそういう感想はあっても「行政(キリッ」は見かけない。

かと言って「母親自己責任氏ね」も見かけない。

自己責任」というのはよくわからないが、まずはただの犯罪として考えられるべきだと思う。

子どもを殺したんだから、罰せられるのは当然だ。

すでに犯罪者なんだから。

育児殺人的に大変であることと、実際の殺人は分けて考える必要がある。

でないと、「アニメオタク幼児愛・性犯罪者予備軍」というのと同じレベルで、

育児で余裕のない主婦幼児虐待殺人者予備軍」ということになってしまう。

どっちも、証拠を集めれば、それなりに当てはまる部分はあることになる。

そもそも、その集まっている「育児中の母親」たちのなかに、離婚している人たちがどれぐらいいるのかわからない。

そうでないのなら、境遇がちがうのだから共感できるはずもなく、結局は他人事だと思う。

2010-07-20

起きて半畳寝て一畳、缶詰の如き部屋は暗い。

味気のない味付け鰯に成り果て、夢も希望も無い俺は夢うつつのまま、湿る布団から起き上がるなり、

日曜の朝に延髄蹴りを食らわしたつもりが壁に足を打った。本当に辟易としている。

こんな足の指の痛みにも、慰めにもならない僅かな休日にも。それらに誤魔化される俺にも。うんざりだ。


昼は近所のハンバーガー屋に向かった。

洋風肉挟みパンの類など滅多に食わない俺は、店に足を踏み入れると、爽やかで騒がしい音楽や複雑な注文形式に戸惑った。

暖色の制服に清潔なエプロンを引っ掛けた笑顔の奴さん、開口一番「店内でお召し上がりですか?」言うに事欠いてこれだ。

前言を翻訳すれば(お前みたいなドブ臭い下種がミーのハイセンスな店内で犬食いしてると美的景観を損ねるから

買うもん買ったらさっさとお引取り願いたいのだが、どうだね?)となる。明らかに。

勿論、俺だって人間の端くれ、恥や理性の欠片くらいは残っている。分相応に野良で食うさ。いいえ。

間髪入れず俺は「チーズバーガー」と一言。そこへ奴さん笑いながら、被せるようにして清涼飲料や揚げ芋なんかを勧めてくる。

他人様の食生活に干渉してまで売り上げを伸ばしてえのかくの社畜め、とは口には出さず、

口に合いもしない身の丈に似合いもしない「ポテトジンジャエール」を追加した。

この紙袋、右手に温かく、左手に冷たい。


―――先週の日曜日の事だ。

総合家電量販店の個室トイレに入って屁を捻り出していた俺は、

蛍光ピンクチョークでドアに大きく書かれた《それ》に度肝を抜かれた。

 《イケメンチーズバーガーをぶつけると死ぬ》

全く意味が分からない。

ただ、その呪詛めいた断言が、全く根拠の無い為に却って凄まじい説得力を持ち、

トイレットペーパーが彫刻刀となって頭骸骨の内側に透かし浮き彫りされた。

俺のウンコ同然の自意識が、人々の青春幸福といった光明に晒される度に、

腹の底で波打つコールタール状の胆汁に、火傷のような二十文字を打ち込んだ。―――


本当かどうか、試したくて堪らなかった。

だが、チーズバーガーを手に入れ、いざ実行出来る体勢が整うと、はたと思い止まった。

公衆電話の上からドバトが言った(怖気付いたか馬鹿者よ)いいえ。

そのイケメンとやらには、何の縁も恨みも無い。

通りすがりの該当者に実験の協力を仰ぐ事も出来るが、もし万が一、相手方を死なせてしまったら取り返しが付かない。

俺は殺人者になりたい訳ではない。事の真偽を確かめたいだけだ。

しかし、死を勧めるに値する知人も憎悪する個人も居ないからには、手近で試す事が出来ない。

ここは(古今の開拓的科学者達がしばしばそうしたように)自らを実験体とする他に術は無い。


近隣公園に着き、脚部が太いスプリングになっている青い馬に跨った。

紙袋からチーズバーガーを取り出し、柑橘類の皮を剥く要領で包み紙を開いた。

食欲をそそる匂いカタチ温度のソレを、空中に向けて低く放った。

頭上を見上げながら、空に跳ねっ返るソレ、落下地点に照準を合わせて首を体を傾けた。

息を飲んだ。

目を瞑った。

当たった感触。

どうなったか。

目を開ける。

地面には二つに割れたパンが転がり、チーズのついたハンバーグが砂まみれになっていた。

何より、俺は生きていた。

この結果から、いくつかの可能性が考えられる。

まず「俺が《イケメン》という条件に該当しなかった」か(これは当然の大前提だが)、

あるいは「この《チーズバーガー》とは違う《チーズバーガー》でなければならない」か、

そもそも「《イケメン》は《チーズバーガー》が当たっても死なない」のか、色々と仮説が立てられる。

ただ一つ確実に立証されたのは「俺にチーズバーガーをぶつけても死なない」という事だ。

本当にどうでもいい。一体何をしているんだ。青馬を嗾けて、前後に揺れた。何も進まない、何も起こらない。

非道く悲しくなって、俺は泣いた。


汚れたパンとチーズハンバーグを拾い、雑に整形して紙袋に入れた。

帰り際、生け垣の中からドバトが言った(思い知ったか馬鹿者め)はい。

どんなに有り得ない事だと思っても、誰かに言われても、笑われても、

こうして一つずつ着実に確かめていくしかない、誤魔化しの利かない現実に俺は味を占めた。

2010-06-23

工場に恨みを持ってるなら殺人者になる前にやる事がある。

自分は、某会社の某工場で、人事や総務系の仕事をしている社員だ。

マツダの事件、他人事じゃない。うちの会社にもアルバイトパート派遣、業務請負子会社社員、様々な人達が働いているからだ。でも、少なくとも偽装請負派遣法に沿わない事はやっていないと胸を張れる。社名を出してこれだけ健全ですよとアピールしたいくらいだ。健全なのが当たり前なんだけどさ。

法的には問題は一切無いと言えるんだけど、それでも様々なトラブルが起きる。全くの逆恨みで行動する人なんかもよく出てくる。そのような問題が起きたときの対応なども私がやらなくてはならない。今まで起きた事件、恐らく逆恨み嫌がらせされたんじゃないかと思われる事件を特定されない程度に脚色して列記してみる。


・生ゴミを敷地内に投げ込まれる(掃除が大変だった)

・大量の紙おむつを敷地内に投げ込まれる(事業系のゴミとして出せなかった。関係者が小分けして自宅で捨ててもらった)

寿司50人前(部署名担当者名、会議名前まで偽装して手が込んでいた。すし屋の被害額がデカイので少しオマケしてもらって買い上げ)

・車体番号が削り取られ、ナンバーが外れた自動車を敷地境界線に跨って放置された(隣接地権者とブツ押し付け合いに難儀)

・某政党の人が、**という事があったらしいんだけど事実関係を確認したいと連絡があった(びびりまくったけど事実無根だった)

騒音の苦情を市役所警察本社に入れられる(毎月、法定以下である事を測定しているので問題無いはずだけど、通報→本当に大丈夫か確認しろ→対応 かなり面倒)

・悪臭の苦情を市役所警察本社に入れられる(悪臭はありえない。説明対応

・敷地内で適切に処理した排水河川に放流している所にバスクリン?を毎晩投げ込まれる(近隣住民、下流域企業から苦情→排水処理施設の記録公開、説明対応

・暴走運転する車がうちの工場に入って行ったのを見た。危ないからなんとかしろと毎朝、名乗らない人からの直接通報。白い車しか言わないから特定できず。

・うちの工場火事だと119番されまくり。(熱源機器の冷却塔からの湯気を見てるらしい。近隣には説明している。通りすがり携帯からするらしいがいつも同じ人っぽい)


この程度ならどこの工場でもそれなりにあるだろうって事で書いてみた。こういう事って無視する訳にもいかないので対応がとっても大変。自分の本来の業務なんぞなかなか手がつけられない。冷却塔の件はあまりにもしつこいので、多額の費用をかけて湯気が出ないタイプに交換することになった。自分が業務に手を付けられない分、派遣さんを増やす事にもなった。会社としての本来の業務とは別に無駄金をたくさん使う事にもなった。

何が言いたいかって言うと、人をぶっ殺す前に、工場会社が気に入らないなら、自分人生を終わらせる前に、出来る事は合法的にいろいろあるよって事。

もうね、マジで困ってるんだよ。会社はとってもクリーン会社なので、2chスレが立っても大した書き込みも無い。そっちで困った事は一度も無い。ただコツコツやってくる嫌がらせは本当に困る。とにかく時間を割かれる。川にバスクリンの時も大変だった。無実を証明することは本当に難しい。専門家を連れてきて、ここの工場が廃液を垂れ流しにしたってこんな色にならないと説明しても、難しい言葉で説明されても解らんよ~って言われちゃうとつらい。逆切れしたらそれこそ敵の思う壺だし。

頼むから、もうホント止めて欲しいんだわ。


もし、うちの工場殺人が起きたら?と思うとゾっとするけど、刑事事件になっちゃった会社被害者側になっちゃうんで、実はあまり困らないと思う。もちろん、労働者に対して不当な扱いをしていれば別だけど。でも不当の具合にもよるけど、たぶん世間の平均ブラックレベルであるなら世間はスルー監督署も警察スルーだろう。

殺人なんてやっちゃったら、誰も同情してくれないし、きっと己の罪の重さに潰される。会社工場もあまりダメージ受けない。むしろ同情されちゃうかも。逆恨みの解消にすらならないかもしれない。どうせやるなら上に書いたような事をやっとくんだ。マジでホントに困るから。雇用関係で逆恨みするなら、仲間だった人達じゃなくて、会社や人事を恨むべきだろ。


こんな事を書いちゃって、自分のところに来たら困るんだけどさ、なんつーか、そういう事をやる人達をあまり憎めないんだよ。本当に可哀想な人だったりする事も有るし。実は自分犯罪までは起こさないものの、今まで派遣で苦労した事もあって、この会社に拾ってもらってからやっとまともな暮らしが出来るようになったってのもあるんだけど。自分もちょっと間違ってたらそうなってても不思議じゃなかった。逆恨みをした事もあるし、頭の中の妄想会社をぶっ壊したりした事もたくさんあった。たまたま運が良くて今の俺があるんだけど、犯罪までやってたら絶対に今の俺は無いと思う。だから人を殺したり怪我させたりってのは止めよう。逆恨みでそうなっちゃう人って、本来、そう乱暴じゃない人が多い。ちゃんと話をすると出来る人も多い。極端な行動に走る前に話しをしてくれればいいのに、なぜか事後になってしまう。


イヤがらせはホント止めて欲しいんだけど、こっちもスキルが上がってきた。大抵のことはワリとササッと対応が可能になった。このテの対応ノウハウ本を書いてみようと思うほどだ。だから実は、ちょっぴりイヤがらせどんと来いなんだ。たまには違うパターンで来て欲しいよな。と笑うことも多くなった。止めて欲しいんだけどさ。

こんな自分、こんな仕事でも逆恨みの解消になってるんなら、そう悪い仕事でもないかなと思う。

金の無いやつは俺んところへ来い!とは言えないけど、ちょっとの逆恨みなら相談に乗るよ。

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