はてなキーワード: 日興コーディアルとは
ライブドアのあれは10人中5人くらいは「べつに粉飾でもなんでもないんじゃね?」と判断しそうな解釈次第のグレーな決算で、しかも監査法人もオッケーだしてる。
日興のそれは監査法人が「いくらなんでもそりゃねぇよ。どうみたって粉飾だから訂正しろよ」って言った決算を、通告をなかったことにしてそのまま出した。
つうかむしろ
でもそれって、元増田がしきりに言ってる「挑戦」とか「既得権益と戦う」はほど遠い姿だよな。単なる「成り上がり」でしかない。
まあ法的には堀江有罪はやりすぎだろってのは確かで、あれで有罪だと日興は役員全員死刑だろとか上場企業が半分くらい消滅すんじゃねとかあって
日興コーディアルは会社を守るための粉飾だったが、LDの場合は単なる錬金術でしかなかった。その違いは大きいよ。
世間から注目を浴びる少し前から、経済誌あたりじゃLD(堀江)のやり口ってかなりやばくね?という記事はいくつも出てたし、買収した企業がことごとく買収前より質を落としていたから、彼の逮捕は「なるべくしてなった」という印象しかないな。「ああ、こういう歪な形でも社会の自浄作用が働く事ってあるんだなあ」と。
いわく「気分が悪い」そうで。
根回しが大事っていうのは、組織対組織とか組織間の協力みたいなことで、組織内の話であればもっとストレートに何かが伝わるものだと思ってました。
しかし現実は、根回しとか仲間とか外堀を埋めるとか、くだらないエゴと対面活動が重視されてる。
小さい組織や追い詰められた組織はそういうことを言ってる余裕は無いんだろうけど、いかんせん大きな組織で自分の周りのことで精一杯の人たちの集まりになると、とたんに自分の周りを守ることが至上命題になってしまって、前向きな話やバーズアイが持てなくなる。
そして往々にしてそういう組織は、全体としては外圧を受けていて、ほんとは危機的状況に陥る寸前でぎりぎり止まってる。いわゆる大企業病。
ま、そういうぎりぎりで止まるように自己修正機能が働くとか、ちょっと傾いても体力があるとかは大企業のいいところだけど。
それでも最近はけっこう簡単に大きな組織が消えて無くなる現実があるわけで。たとえば郵政公社とか社保庁だって無くなるだろうし、日興コーディアルだって吸収合併されたし、銀行なんて昔の何銀だか分からないものばかり。
それに対する危機感が薄いんだな。目の前しか見えないから。
話がずれたけど、僕が言いたいのはそういうことで。
生き残るテクニックとしての根回しは直近自分のためには必要なスキルだと思うけど、将来の日本社会には全く必要ないし、むしろ邪魔なものだと思う。
僕はそういうものと戦っていきたい。