「大いなる存在の一部になり、貢献する」ということには抗いがたい魅力がある。
ファン活動や推し活というものはその最も典型的な行動であり、スポーツチームやアイドルなどのファンを名乗り、金銭・応援などでその対象に貢献する。
愛するものと自身を同一化し、愛する者の役に立つ、モチベーションを高く保つ必須要素が完全に揃っている。
個人レベルでも、結婚というのは近年では個人と個人の契約という側面が強くなったが、かつては「家」という枠組みが強くあり、家に紐づく先祖の武勲や武勇伝なんかに触れることで
籍を入れた家(そこに連なる先祖や名誉)という大いなる存在と自身を同一化する快感があったのだろうと推測できる。
そういう熱狂が家という制度を維持し続けてきた原動力になっていたのだろう。
人が社会的動物である以上「大いなる存在の一部になり、貢献する快楽」は本能レベルで備わっているのでこれに抵抗しようとするのは無駄である。