後進国では高等教育は英語の教科書で英語で学ぶ必要があるということを指摘し母国語で高等教育を受けられる日本は素晴らしいと主張する人がいつも湧いてくる。バカなのか?大日本帝国が世界を支配して日本語が世界の共通語になっている平行世界でならその主張に意味はあるだろう。しかし現実としては英米が世界を支配し世界の共通語は英語、アカデミックは英語で出版しなければ誰も読まないし無価値という状態になっているのであるから、日本語で高等教育を受けさせられることは多くの学生にとって本当に幸せなことなのかということを考えてもらいたい。高等な知恵を日本語で学んでしまうとまた日本語と英語のマッピングを脳内で形成するという二重手間になることは想像に難くない。日本語で高等教育を受けられて幸せなのは英語すらできない低能どもである。そしてこのような低能は本来大学教育を与えても意味はなく専攻と全く関係の無い単純ホワイトカラーにしかならないのである。