2022-09-25

自分勝手の極み

他人幸せを呪ってしま自分が本当に醜悪で嫌い。

毎日、誰かがtwitterで楽しそうな日常をつぶやいている。

親も恋人もいない、友人も少ない自分には縁のない世界の話を。

少しでも繋がりのある人がそんな話をしていると、自分とは「別」だったんだなって冷めてしまう。

それと同時に自分みたいなつまらない人間はいつか向こうから切り捨てられてしまうのだと想像する。

そして、そんな想像をしてしま自分はなんて愚かなんだろうと惨めな気持ちになる。

この状況をなんとかするには自分も「幸せ」になるかそういった情報シャットアウトするかの二択だと思う。

でも前者は実現する手段がまったく思いつかない。

顔も性格もよくないし、これまで歩んできた人生の中身もないひどくつまらない人間からだ。

この歳にもなって恥ずかしいのだけど、他人を信用するという勇気をどうしても持つことができない。

から昨日も一人、十数年来の友人との連絡手段を断ってしまった。

もうスマホ電話帳に友と呼べる人の名前は残っていない。最後の一人だった。

自分の幼稚さ自分勝手さにほとほと呆れてしまうが、もうこんな思いをすることもないだろう。

どうあっても孤独であるのだと覚悟を決めて、まだ折り返しにすら達していない人生を消化していこうと思う。

加害者自分で、被害者はこれまでの友人たちだ。自分が最低だってことも忘れない。

人間関係を断ってしまう癖のある人は、他人幸せが憎かったりしない?

自分はあらゆるプライベート人間関係がなくなってからこの法則に気づいたよ。

一人になって分かることもある。大したことじゃないのかもしれないけど。

ごめんね。

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