2021-12-20

守るべき原風景としての「まんが日本昔ばなし」という感覚

私が中学生ごろには盛んに日本原風景としての

農村、具体的には田んぼを守ろうというような

運動があったのではないか、とうっすら記憶している。

そういった主張は大人になってから考えてみれば、

当時の減反政策へのカウンターとして行われて

いたのだろう、とか想像できるのだが

少年の私はとくにそんな疑問も抱かずに

日本というのは田んぼの国なのだなあ、とか

素直に受け取ったものだ。

私は都市部の周辺都市で生まれ育ったので

田んぼというものがまだそれなりに身近にあったので

そういう風に感じることもできたのだろう。

しかし、それでも田んぼ日本原風景

守るべき日本の心のようなものだ、という感覚はない。

このへんはもののけ姫あたりで宮崎先生が結果として

自分片棒を担いでしまった中途なエコ思想への

カウンターとしての主張として学んだというのは

私がオタクからだろう。

さて、そういった私のようなオタク

日本原風景として守るべきものは何なのだろう?

とふと考えてみると、それは自然とか風俗とかではなく

やはりアニメ、「まんが日本昔ばなし」だな、

と思うようになった。

ぼうやー、よいこで、ねんねしなー「まんが日本昔ばなしである

あの歌をふと日曜日夕方晩飯準備中にひとり

アパートの中で思い出しているとなんともいえぬ、

せつない胸が締め付けられるような気持ちになった。

こういう感覚は私と同世代ならわかってくれると思う。

だが、「まんが日本昔ばなし」を知らない世代

この感覚が共有できないのだなあ、と思うと

さびしい気持ちになる。

というようなわけで、私の日本人として守るべき

日本原風景としての文化

まんが日本昔ばなし」になりましたとさ。

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