仕事に行くと、上司のNさんに「オレンジジュースを取って来て」と言われたが、私は職場に入りたての新人で、どこに何があるかも分からない。
「場所が分かりません」と正直に言うと、Nさんは怒ったりせず地下にある倉庫へ案内してくれた。
地下には色んなレストランの厨房だけが一緒くたに構えられていて、ちょっとした迷路のようになっていた。大分歩いたところにある中華料理屋の厨房を突っ切って、非常口から外に出ると、微妙に狭い地下駐車場に真新しい冷蔵庫がポツンと設置されている。
Nさんいわく、それが我が職場の倉庫であるらしい。ちなみに、中身はいつもオレンジジュースだけだという。
促されるまま扉を開けると、スポーツタオルにくるまれたオレンジジュースのボトルが一本だけ転がっていた。それを抱えて店に戻ろうとしたのだが、すぐに道に迷ってしまった。おろおろしていると、後ろをついてきたNさんが、「ここでは来た道を戻ろうとしない方がいいよ」と言って、地上まで戻るルートを案内してくれた。何から何まで世話になって、ちょっと申し訳ない気分だった。
店に戻ると友人のSがレジに立っていて、二人組の老婦人と何か話している。どうやらスルメを五十枚買いたいらしい。近所に配るから一枚ずつ紙袋に入れて欲しいという。
うちの店の紙袋は全部、包装紙で作った手作り品なので時間がかかる。Nさんの指示で私が作ることになったが、作業台に向かってもひと袋を貼り合わせるのに異常なまでの時間がかかる。
袋の糊付けをしながらお客さんをちらちらと見るが、彼女たちはずっと笑っていて、しかし私の手元から一瞬たりとも目を離そうとしないのだった。
おわり。