キズナアイの話題がフェミニズムの議論から文系学問の議論へと移ってきてるの面白いけど、
理系は価値がはっきりわかりやすいけど、文系は価値基準がはっきりしないから大学に必要ないんじゃね、趣味の延長だろとかいう人達がまだまだいて頭痛い所。
そもそも彼らの言う「価値」とは誰のための価値を指しているのか?少なくとも自分達から見えない価値じゃ存在する価値なんてねーだろといっているようにしか受け取れない。
理系でも基礎科学というすぐに応用につながるわけではないけど、研究と知識の積み重ねが凡人ではわからない/見えない範囲でいずれ社会に役立っていく分野がある。
同じように文系も概念や知識にたどり着くのに長い積み重ねがあり、その過程を学問として体系的に学ぶことで得られる知見があるから学ぶ人間もいるわけなのだが。
そもそも理系文系問わず、何かを学ぶことに対して、私的な価値が見出せないから役立たずと一蹴する姿勢はどうなのか。
すぐに役立つもの、価値がはっきりと解るものを学問に求め続ける利己的な姿勢を改めなかった結果、日本の大学や教育、研究が今衰退しているのではないのか。
基本的には、予算との兼ね合いです。
ほんこれ ファラデーを見習え
なるほどね 増田のいうこともさることながらジャガイモの芽にも毒があるように鰹の烏帽子の神経毒も人を苦しめるしなー