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高橋源一郎の現代語訳教育勅語を読んで、娘が通っていた幼稚園を思い出した。
それはカトリック系の幼稚園で、地元ではイイトコのご子息ご令嬢が通う幼稚園だ。
元々は別の幼稚園に行かせていたんだが、俺の仕事の都合で転居することになって、そのタイミングから探したらそこしか年中から入れるところがなかったんだ。
当然といえば当然だ。
幼い声で、調子をそろえて、「父なる神のっ! 御心にっ!」とか、「我ら罪深きっ!」とか言わされるわけだ。
ちょっと待てと。
俺の娘はいつどんな罪を犯したというんだ、と思ったね。誰の僕でもないし。
カトリックってのはそういうもんだと分かっていなかったわけではないけど、実際に我が娘の口からこんな言葉が聞こえてきて初めて、カトリック系の幼稚園に通うというのがどういうことなのかに気づいたんだ。
半ば馬鹿だったと思うし、仕方なかったとも思うし、いい経験をしたとも思う。今は。
で、教育勅語の話に戻るけど、こんな内容を、実際には幼稚園児には理解できない言い回しで言わされていた彼の幼稚園の子供らと、聖句を叫んでいたこの子らとが、まぁほぼ同じに見えるわけだ。
奴隷根性を植え付けられているとね。
結局何が言いたいかというと、戦前の天皇というのは本当に神だったんだなと。
そしてもうひとつは、彼の幼稚園の気持ち悪さは、俺の娘が通っていた幼稚園にもあった。どちらかが気持ち悪くて、どちらかは平気ということは、原理的にはありえない、ということだ。