弟と二人、山道を抜けて海沿いの崖に向かっていく。
二人で出場する何かの試合の願掛けで、この崖から海に飛び込みに来たようだ。
適当に言いくるめた結果、飛び込むのは弟で、自分は弟が飛び込むのを見てから、少し戻ったところにある別の道から下に降りて弟を回収するという手筈になった。
木立の間を抜けて崖に出ると、眼下には鮮やかな緑色をした穏やかな海が広がっていた。
崖とはいってもさほど高くもない。建物なら2、3階分くらいか。
入り江になっているようで、反対側にはこちらよりさらに高い崖も見える。左手にはビーチで遊んでいる人たちもチラホラと見えた。
「飛び込むのはいいんだけど……サメとかいないよね、兄さん?」と弟。
「大丈夫、調べたから。このあたりに人を襲うようなサメは出ないよ。」
しばらく海を眺めて覚悟を固める弟を待つ。
その間にも向かいの崖から数人の若者グループが歓声を上げて海に飛び込んでいた。
「よし、行くよ」「おう」
「回収頼むよー?」「わかってるって」
「じゃあ」
弟は特にジャンプするでもなく、ごく自然に一歩踏み出すように崖から飛び降りた。
ザポーン
着水音とほぼ同時に、私も崖の際に行って海を見下ろす。弟はまだ海中にいるようだが、無事着水できたみたいだ。じきに浮いてくるだろう。
そう思ったその時、海面が歪んで、深みからなにか大きな影が弟の着水した地点の傍に現れた。
特徴的なシルエット。間違いなくシュモクザメだ。しかも大きい。3、4メートルくらいありそう。
ザプ。
波間に揺らぐハンマーヘッドの影から、わずかに人間の腕のようなモノが見えた。
弟の声は聞こえない。あれが弟なら、海中に引きずり込まれたままだから当然か。すべてが海中で起こっているせいか、周囲の人間が巨大なサメに気付いている様子もない。
声を上げることも、まして弟を助けようと飛び込んだり駆けだしたりすることもできない間に、サメの影は滑らかに体をくねらせると、スイ、と再び潜りながら外海に向かって泳ぎ去っていった。
元通りの静けさを取り戻しつつある海に、ジワ……と赤茶色い血の靄が広がり、消えていく。
私は、サメの影が見えなくなった後も、しばらく呆然と海を眺めていた。
弟は浮かんでこない。弟の身に何が起こったのか、今のところ私以外誰も知らない。
ビーチに降りて助けを呼ぶ?どうして飛び込む役目を弟に押し付けたのか。
近くに漁船のある停泊所もあったはずだからそちらに向かう?サメがいないってどうやって調べたんだっけ。
そんなことを考えながら、私は崖から降りる道をゆっくり歩いて引き返し、誰にも告げず 家 に 帰 ろ う としていた。
という夢だったのだけれど、弟がサメに喰われるという内容が怖かったのはともかくとして、
終盤の自分の思考や反応がやけにリアルで、実際にこんな感じのことが突然起こった時に、
自分が「色々投げ出して現実逃避して、とりあえず帰る」的な行動を取ってしまいそうな気がして本当に怖くなった。
数日前の夢なのに、起きた直後の恐怖感が強かったせいかいまだによく覚えている。