そんな日々の中、なんとなく絵描きには「四種類」いるように感じられました。
この四種類です。
SNS上ではポジティブな方が人気です。実力は「あったほうが良い」程度にすぎません。
「本当にとてつもない実力」であればこの四種類の例にはあてはまりませんが。
同人誌のイベントなどでは器用な方が人気です。実力が無い人が調子にのると大変なことに。
プロになる可能性が高いのは、どちらかといえばネガティヴな方でしょう。この点に関しては一概には言い難いですので「大まかに見て」となりますが。
この4種類の人間においてポジティブな器用とネガティブな不器用は相互理解がなされない限り徹底的に相いれません。
また、ポジティブな不器用とネガティブな不器用は、ネガティブな不器用の方から忌み嫌う事が多いでしょう。
と、ここまで言うとただただネガティブな不器用の絵描きが性質の悪い存在となりますが
「器用な絵描き」とは、いわば「才能のある人」であり、多くの人間が「才能はない」ために、どうしても「不器用」な絵描きとして生きていかなければならなくなります。
そんな人々の感情を器用な人々は「理解できない」ため、本人にその気はなくとも、他者を傷つけることがあります。
一昔前であれば、そんな「ポジティブな器用」の人はだいたいリア充だったりするので、
学生生活の内の栄光、昔取った杵柄のようにして、いつの間にかやめているのですが、
昨今オタクのイメージ変化に伴い「ポジティブな器用」の人間にとって、絵を描くことは容易に承認欲求を満たせるツールと化しました。
そのため趣味を成人の後も続ける人間が増え、それによってネガティブな人が変に刺激されることが増えているのが現状でしょう。
こうして「承認欲求のみの器用絵描き」ばかりが跋扈していますが、この先どうなるのか。
そうした承認欲求に飽き、大量に絵描きが消失する時代がくるのではないでしょうか。
それがいつになるかわからない以上、悠長に構えていい問題ではあります。
ただ、事実として4種類の絵描きがいること、そして大多数がネガティブで不器用であるということを我々は意識すべきなのではないか。