以下の条件に一つでも該当しない人は異常であり、人格的に欠陥があります。
3.BMI24以下
4.財布の中に年齢×1000円以上入っている。
5.貯金が年齢×100000円以上ある。
6.家事の「さしすせそ」が一通りできる。
7.部屋が散らかっていない。
9.家の中ではなく、自宅の外を中心とした趣味を持っている。
13.海外旅行に行ったことがある。
15.15歳以降の人生の中で、彼氏/彼女がいた期間がいなかった期間よりも長い。
16.なおかつ、少なくとも1年以上続いた相手が少なくとも1人いる。
17.愛してもいない相手とのセックスは考えられない。
18.性欲の対象とする範囲は自分の年齢を基準に決まる。無条件に若い男/女が好きなどと言うことはない。
19.『今度の休み、遊びに行こうぜ』と言って付き合ってくれる友人が3人以上いる。
20.初対面の人とでも会話を持たせることができる。
23.敬語が一通り使える。
25.思想的に極端に左右に寄っていない。
26.五大紙のどれかを購読している。
27.TOEICで600点以上取れる。
29.漢字検定二級が取れる。
さっき見た書き込みが・・・・
ベーシックインカムに対して感情的になる人があえて見たくない現実を提示しよう。
あんたらの大半は働いているように見えて、「働いているフリをした社内ニートでしかないから!」
会社勤めを一度でもした人を誰でも実感している、というか気付かざるを得ない事があります。というか気付かなかったとしたら鈍感すぎる事実があります。
会社で働いている人のうち、会社の生産性に貢献しているのは多くて全体の3割。酷い会社だと1割にも満たないという事実。あとの大半の人間は、「働かなくてはいけないと思い込んでる」被雇用者と「雇わないと体裁が悪いし行政から指導を受ける」雇用者側の都合によって雇用されている「利益に貢献しない、働いているフリをした社内ニート」です。
景気の良い時代なら、みんな被雇用者側は働いているフリをしている満足感に浸り、雇用者側も社会に貢献しているや会社が大きくなっている満足感を得て、winwinな関係を築く事ができたでしょうが、今の日本の状況下では「雇用している人間に働いているフリをさせる経費」、「働いているフリをさせる手続き」、「働いているフリをさせる時間」を無駄に浪費しているだけで企業体質を衰えさせる「給料ドロボー」にしかなってないわけです。
中には会社の存在そのものが無用の長物に成り果てている企業も少なくありません。
さて、ニートを見下している皆様、あなたたちは雇われている会社の利益に貢献している自信がありますか? さらに言えば会社そのものが社会に貢献できていますか? さらに言えばあなたの会社は社会に必要である自身はありますか?
ぶっちゃけ、本当の意味で経済を活性化させたいのなら、こういう「社内ニート」たちを全部リストラして、ベーシックインカムで最低限の金だけ与えて養っといた方が良いのですよ。そして徹底的なワークシェアリングとOA化、機械化、IT化を進めて、「利益の出せる人間だけが働く」、「利益の出せる分だけ働く」という事を徹底させるしかないんですよ。
こうして考えると、わざわざ経費をかけて無駄な仕事を作ってやった上に社内ニートに20万↑の給料を与えるより、10万程度の最低限の生活保障だけ与えて「利益の出せる仕事」だけさせるベーシックインカムの方が遥かに効率が良いわけです。
このカラクリを理解していないと、ベーシックインカムの本当の意味がわからず、それから企業経営者や財界関係者の中にもベーシックインカムの論者がいる理由が理解できると思います。
ようするにベーシックインカムというのは、究極的な社会のリストラクチャリングなのですよ。
大昔は、田んぼから米を採るのに大家族が、村中の人間を総動員して多大な人手をかけて作っていましたが、今は徹底的な省力化が計られています。
私に身近な出版業界で言えば、社内の人間や関係者を働かせるために、利益に貢献していない雑誌や本を作っては潰し、作っては潰ししている。さらに利益を挙げている部門にしろ、本当に利益を挙げている作品は、雑誌や本の全体の1割で、あとの作品はただの寄生虫にすぎないという事実。
もうね、どこの企業もこんな有り様なのですよ。
仕事のための仕事を増やしながら、それがさらに仕事を作ってという「生産性に繋がらない仕事ばかりが雪だるま式に増えていく」のが事実という。
これからの時代は「労働は美徳」という言葉に次の言葉をつけなくてはいけないのです。
この言葉に基づいて、その職場で働いても利益の出せない人は全部リストラ。ベーシックインカムで最低限の生活だけ保障して、生産性に繋がる人材だけに高報酬を与えるべきなのです。それが本来の資本主義のあるべき姿なのです。
そしてベーシックインカムで暮らしながら、いろいろとワークシェアリングでチビチビ仕事を探しながら「天職」を探していけば良いのです。
今働いている人間の大半は給料や報酬分の利益を挙げられていない社会の寄生虫に過ぎない。だったら、無駄な給料や経費に金を使うよりはクビ切ってベーシックインカムで養ったほうが効率が良いという事実。
反対する人はこういう事実を踏まえておいた方が良いのです。
長い間、「勤労の義務」とか「労働は美徳」と思わされていた人にはショックが大きいでしょうが、新卒の人たちですら雇いきれないという現実から、もう日本人は学ぶべきなのですよ。
どうして今のゲームの方が、お金も技術もかけてるのに、昔のゲームのが面白く感じるのだろう?
答えは簡単です。
実は昔のゲームのが金かけてました。
一人一人に。
バイトでも残業しまくって1人30万はもらえた上に、社員は当たればボーナスがっぽり、そんな時代に作ったゲームが、最低賃金で残業代もボーナスも貰えない上に失業に怯えながら作るゲームより面白いのは当然ですよ。
本当にそれが要約だと思ったのか?
要約すると、「勉強が好きだから、する」
そもそもは親に名義を貸してたら100万近く使われてて、数年かけてそれを一旦完済した。
その後、カードの使えない親類に貸すためだとか、そういう細かいものが積もり積もって今の残金があるという感じ。まあ自分の買い物でも使ったけどね。
カジュアルな利用といわれてもあまりピンと来ないんだけど、どこらへんでそういう印象を持ったんだろう。
楽しいからやるという立場もあるが、それは文脈的に別の話なのでおいておく。
そうすると、「(少なくとも自分にとって)新しい問題に対処するため」だな。
問題というのは、(一部を除いた)数学のように論理的に解決可能なものと、そうでないものがある。
論理的に解決できる問題で「新しい問題」というのは「その問題を解決する論理がわかっていない問題」ということだ。
これを解決するには、新しい論理を生み出す必要があり、そのためには前提となる知識がまず必要だ。
論理的に解決できない問題というのは、一般社会でのいわゆる問題というもので、不確実性を伴う問題ということ。これは正確には解決ではなく決断をするしかない。不確実性には大きく2種類あって、不完全情報から来る不確実性と、本質的に確率的な不確実性とだ。
不完全情報から来る不確実性の多くは単なる知識不足が原因で、知識が無いということは本来不確実じゃないものが不確実になってしまうということ。これを避けるためにまず勉強しなければならない。
また、人間の意思決定プロセスというのは少なくとも現代の数学や論理学の枠組みでは捉えきれないもので、理屈を超えた(ように見える)思考の飛躍やイメージ思考的な超並列処理が必要不可欠だ。アインシュタインの名言で「新しいアイデアを思いつくコツは、そのアイデアをどこから借りてきたのかわからなくすること」というものがある。つまり、無数の知識を頭の中で並列処理して結びつけることで、一見思考が飛躍したかのような新しいアイデアが生まれるということ。
このような処理をするには経験が必要で(たぶん脳内のニューラルネットを作り込むとかそういうものに対応してるんだろう)、その経験を得るために絶対に必要なものが勉強だ(もちろん机上の勉強だけで十分というわけではない)。この辺りは有名な「いかにして問題をとくか」という本に書いてあると思う。
新しい問題というのは、何も学術研究の最先端にのみ存在するものじゃない。仕事上でも日常生活でも、変化する状況に対応するということそのものが「新しい問題」だ。スポーツをやるにしても、音楽をやるにしても、料理をするのも子供を育てるのも、みんなそうだ。
変化する状況に対応しより良く生きるため、自分が取り組む「新しい問題」に挑むため、そのために「知識の量」と「意思決定の精度」を洗練するために勉強しなくちゃいけないんだと思うよ。
20 :名無し三等兵 :sage :2008/06/29(日) 14:04:00 ID:???
ちなみにゲーデルの不完全性定理が発見された当時、学者的受け止め方には2種類あったそうな。
「完璧な公理系が存在できないなんて!絶望した!数学が終わったことに絶望した!orz」
「数学に終わりはないんだ!俺たちの知的探求はまだこれからだ!(先生の次回作にご期待下さい)」
21 :名無し三等兵 :sage :2008/06/29(日) 14:05:00 ID:???
どっちも終わってるやんけw
なんか今日のツイッターのTLをチラ見してたらFacebookがやたらHOTになってたので一言。
なんでかって?
ミクシィ()笑があるから。
GREE()があるから。
なんでかって?
一部のネットジャンキーや情報強者様達は新しく生まれてくるウェブサービスやトレンドに敏感で、
それらに飛びついては居心地が良いところを探し、一定以上定着すると次を探し求めて行く。
一方で情報弱者な日本の一般ユーザは、マスメディアで取り上げられて、話題の的にされたものじゃないとまず使わない。
ツイッターも最近になりようやくマスメディアに取り上げられることも増えたけど、それでも日本でのアクティブユーザが
爆発的に増えたかというとそうでもない。そしてコア利用者層と違い、それらの人々はクライアントを使わない(クライアントの存在を知らない)
ツイッターはクライアントがあって初めて使いやすいウェブサービスとなる。正直ウェブや携帯ウェブからは使いにくい。
けれど、最近のメディアの流行に乗せられて始めたような人はウェブや携帯ウェブから利用している程度である。
日本の一般ユーザはそれを「使いづらい」ままだと認識し、しばらくすると彼らはそのまま去っていくだろう。
クレームを入れる人もいるかもしれないが、サポート画面やサポート問い合わせ先が英語となるとそこで躊躇して
送るのをやめるものもいるだろう。
先ほどのmixiやGREE、モバゲーはマスコミの力を利用しつつ、さらに日本の一般ユーザがよく利用するシーンに合わせて、それらから
より最適に使いやすいように最適化したものをサービスインタフェースとして提供している。
さらに、日本企業が経営しているので、サポートももちろん日本語、クレームも言いやすいのでバンバンクレームを入れる。
日本人の一般ユーザにまだまだIEユーザが多いように、日本人はデフォルトのまま、慣れたものを利用しようとする。
その中でさらに使いやすいものを取捨選択していくので、海外のサービスは日本の一般ユーザまでになかなか浸透しづらい。
そうすると、Facebookが日本でも流行るという流れは、ごく一部については一時的に流行るだろうが、そこまでにとどまり、
広く一般には広まらずに沈下していくのではないかなと言うのが今の考え。
武富士のコールセンターに連絡した。電話の向こう側はかなり騒がしく、電話の相手の人もなんかお疲れ気味のご様子。
以下既報通りなんだけど、一応自分向け覚書ってことで。
まあひとまず月末まで待つか。
彼女が自分の容姿コンプレックス話を持ち出したのは、元増田に対する配慮だよ。
他人の失敗話をフォローするとき「おれもこんな失敗あったよ」とか話するだろ、それと一緒。
元増田とおかんがテレビの中の人を笑いものにした様子は、彼女にはショックだったろう。
元増田の中では「(綺麗な花火の締めが)ブサイクってw」と笑ったのだろう。
綺麗な花火とブサイクの不一致を笑った。「不一致を笑ったのであって、ブサイクを笑ったのではない」と彼女に説明したようなもんだ。
彼女の怒りは、そもそもブサイクと思ったことを口に出す失礼さなんだけど、理解できないだろうな。
どちらが悪いとは言わないが、彼女が謝ったのは最大限の思いやりだよ。
それは理解してあげたほうがいい。
気晴らしに枕の話をしろよ。
暇、と言うわけじゃないけどやる気がでない。
何をやっても楽しくない。頭が回らない。
気晴らしに何かをしたいけど、気晴らしが見つからない。
ずっとこんな状態で、もしかしたらこのまま何もできずに死ぬかもしれない。
というかもう散々な事ばっかりだから死にたい。
これは元増田親子がDQN育ちということで終わりじゃないか。
俺は別に育ちがいいわけじゃないし、一般人の容姿を笑うこともあるが、そうする際には相当気を使うよ。
よっぽど気心知れた間柄じゃない限りはそういうことは口に出さない。