2011-02-21

自分には才能がない話

まず、運動の才能はない。

大学時代の途中からジム通うまでほとんど運動というものをしなかった。

デブから脱し、ハーフマラソンを完走するまで、ベンチプレス100kg上げるまで10年近くかかった。

いまから頑張っても一流にはなれるまい。

勉強いまいちだった。

悪くはなかったけれど、東大京大に入学するほどの学力もなかった。

研究的な才能もない。

研究室では同期の中では抜きん出て結果を出したが、大して画期的なことも思いつけないし、思いついたことをプロトタイプにまで仕上げる力もなく、出来そうなこと、採算性の取れそうなものを選択して、さっさと切り捨て美味しいところだけ頂いてきただけだ。

語学力もない。

27歳になったときに、TOEICを受けてみた。

ちょうど600点、話にならない。

画力もない。

文才も絵心もないし音痴だ。

対人能力も劣る。

人見知りというわけでも、どもるというわけでもないけれど、まず好かれない。

自分容姿運動能力などがないことを認めるのに比べ、自分人格欠点を認めるのはかなりの苦痛だけど、好かれる才能はない。

裏付けるように、30年女性と付き合ったことがない。

友達がいないというわけではないけれど、俺にとっては一番の友達にとって、俺は10番かそこらだと思う。

人格的な問題なら、たぶん人の上にたったりも向かないだろう。

繰り返すけど、自分には才能がない。

それに気づいたのは、10代の頃だ。

そんなわけで、才能を過信などせず、やりたいことをしようとか憧れの大学にいこうなどとは思わず、入れそうな大学適当に入った。

そして医療系の資格をとった。

仮に就職した会社が傾いても再就職できるように。

入社して数年は、社員寮付きの中小企業でとにかく金を貯めた。

400万ほど貯金を作った。

そして、福利厚生がしっかりして、仕事がそれほど忙しくない会社転職した

20代のうちに年収500万はこえた。

貯金も600万をこえた。

年収1000万を目指したりとかはしない。

たぶん、出世はしないだろうし、しないほうが幸せだろう。

起業とかもしない。

いくつかのアイディアは常に浮かぶが、少し具体的に考えると現実味がないことがすぐわかるようなものばかりだ。

5年くらいかけて、TOEIC900点を目指そうかと思う。

引き続き、体は鍛えようと思う。

いまさらながら、プログラミングも学んでいこうと思う。

今更職業プログラマーはなれると思っていないが、これからの時代は多少は出来たほうが便利だろう。

なにより、小学校入学前に、アルファベットも読めないのにMSXBASIC遊んだことが懐かしい

なにせ、公務員よりものんびりした会社時間はいくらでもある。

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