うっすら自分は凡人だと気付いてはいたけど常に万能感が満ちていた。やれないことはないと思っていた。
周囲の人間は弱く、誰かを頼りにしていてそれはしがみついているようにも見えた。
足元の石が一つ転がると全てが瓦解するかのように就職活動、結婚と上手く行かなくなり私は他人を呪うように距離を遠ざけた。
必要最低限の人間関係の中で、こちらを傷付けてくるもののない世界は居心地が良く一人、内弁慶で暮らしていた。
切るに切れないと思っていた間柄でも障碍をちらつかせれば案外簡単に切れた。
折角産み育てて貰った命を無碍にするつもりはないが多くの犠牲を経てまで自分の命を存続させる、そんな価値は現状ないと考えてしまう。
万能感に浸っていた昔に何のリスクもなく戻れるなら二億は払いたいが今は他人に投資する方が無難なように思える。
朽ちゆく身体は誰にも見せてはならない。不満や苦しみは漏らす程度なら構わないが相手の人生にのしかからせてはいけない。
そうして、あらゆる情報が右往左往する社会で私はただの観測者となった。
見せかけの安寧に身を委ねながら運命というものにほんの僅か、思考を巡らせながら原因と帰結に何らかの意味を求めながら少しずつ諦念を知る、屠所の羊である。
扉の前に立ち、開け放った時目下に広がる景色を想像する。鍵穴から見えるその一部は僅かに暗く私を怯えさせた。
生々流転
その貼紙に導かれるようにして耳を塞ぐとありもしない幻聴に心が引き寄せられる。
その正体は、手の平程もない背丈の自分で
「怖い、怖いよ」
と泣いているのだった。