これは現代の人権意識に照らし合わせても、妥当なことだと思う。
そうなると、私は家族も作りたくない、つまり結婚したくないのである。
それは、家族というものがタイトルに示した通り「愛情の奴隷」そのものだからだ。
家族を作ると、配偶者や子供と呼ばれる人々に、やりたくもない様々な行為をさせることになる。しかも無償で。
適切な金銭保証もなく、配偶者には家事や果てには夜の営みまでを強いて、子供には学業や果てには社会の歯車となることまで強いる。
これらを「奴隷」と呼ばず、何をそう呼ぶのだろう。特に子供は出生しなければ、そんな苦労をしなくて済んだのだ。
そして、そんな行為の強制という理不尽さは「愛情」という一言で片付けられる。まさに「愛情の奴隷」とでも呼ぶのがふさわしい。
しかし、私はそれらの行為を希望しないし、それらの配偶者や子供となる人々をかわいそうだと思う。
こんなこと言ってる奴に限って労働の奴隷だったりする
とっくの昔にFIREして労働から解放されている。
急に嘘臭くするな
「恋の奴隷」って 凄いな―昭和歌謡
「無償の奉仕」 と 「永遠に求められないことへの苦痛」 どっちがいい? もしくはどっちがまし?
どちらも自分には縁のないもの。 奉仕は無償有償を問わずする必要ないし、永遠に求められないことは誰にも束縛されず自由を望む私にとっては快楽である。
MGTOW「ミグタウ」とリベラルに極振りしてる感じか。 まぁ楽しいよね。