「他人を恨み続けても思考が相手に支配されるだけなので止めよう」
「他人の楽しみに対して足引っ張るのは良くない文化だよね。相手を引き落として自分と同じ位置にするんじゃなくて、自分も相手と同じ位置になれるよう要求しよう」
単純にこの意見に対して反発受けてるわけじゃないた思う。
いじめや虐待の加害者がこんなこと言ってたら頭おかしいじゃん。
そんな不気味さを感じる。
妻も同意したとはいえ、フジロックに行けない状況に追い込んだのは夫。
妊婦は(自分のためでもあるけど)夫のためにフジロック以外にも様々な我慢を強いられ、リスクを負ってる。
それをまるっと条件から省いている、もしくは被害を過小評価してる。
「生物学上女は我慢を強いられるのは仕方ないよねー。フジロック死ぬほど楽しみにしてたかもしれないけど、俺が一緒に我慢しても別にお前が得するわけじゃないんだから、俺は俺でめいいっぱい楽しんでくるね!ほら!妊娠するってお前が最終的に決めたんだから我慢頑張って!あ、お土産何が良い?死ぬほどフジロック行きたかったかもしれないけど、プリンでいい?それがダメなら…宝飾品?宝飾品と俺の幸せそうな笑顔でお前も幸せになれるよな!」
って死ぬほどフジロック好きで毎回参加していてプリンや宝飾品なんかでは代えがきかないと思っている妊婦が夫から言われていることを想像してしまう。
友人と一緒に宝くじ買いに行って、友人だけが3億円当たった、みたいなシチュエーションなら、恨むんじゃなくて「えーよかったね今度ランチ奢ってよ〜笑」の方が幸せになれるだろ?
って主張は同意できるんだけど。