ちょっと前の増田でおっさんの字書きは学校生活でSNSを使ってる感覚がわからないから書けないとかあったんだけど、
でもさ、ならSNSとかネットとかなかった自分たち学生だった時代だったらかけるのかと言われれば
それはそれで書けないんじゃない?
だってさ、もう今となってはネットがないということがうまくわからなくなっているだろ。
ジャレド・ダイアモンドの本だったっけ?お金というものがなかった未開の部族が
お金がなかった頃の感覚がわからなくなってしまったとかいう話を書いてたけど
それと同じで今となってはネットがない、というのが本当の本当には感覚的に理解できなくなっているよな。
たしかハルキの小説なんかでも1980年代とか舞台にしてるんだけど
これって結局ネットで検索する、を図書館で調べるってやってるだけで
実際のネットがない社会ではこういうふうなものの調べ方をしないよなあ
と違和感を感じたのを覚えている。
ネットがない、という設定には出来るんだけど思考法そのものをネットがないのが前提とした思考で
登場人物を動かすのが難しくなっているんだと思うのよなあ。