2020-09-29

ミカンダイフクは死んだのだろうか、という話

10年近く前のことになるが、大学の通学路の途中に顔なじみの猫がいた。

白くて毛並みの良いもっちりとした猫だった。だいだい色の柄が頭に小さくひとつ背中から腹にかけて大きくひとつあった。俺は猫のことをミカンダイフクと呼んでいた。

猫というのは大体そうだが、ミカンダイフクもあるとき急に通学路に現れた。

どこかからやって来て、そこにいつくことに決めたのだろうと思われる。ある家のガレージ根城にしていて、埃をかぶった二輪の上でよく眠っていた。

俺とミカンダイフク関係特別ものではなかった。

少なくとも、猫は俺だけになついているわけではなかった。

ある日なんて、小学生くらいの少女に米俵のように担がれて、全く関係のない通りで見かけたこともあった。あいつは何をやってるんだ、と俺は思ったが、友人のいない大学生に撫でられているよりずっと、猫は幸せそうに見えた。

はいつも、俺が会いに行くと面倒くさそうにして寝たフリを始め、それでも俺が待っていると、仕方ねえな、という具合にのっそりやってくる、そういう関係性だった。そして、ある日見かけなくなって二度と現れなかった。

それから10年近く経って、俺は30を過ぎて、昨日人生で2回目の胃カメラを飲み、写真パネルの前で医者に嫌な顔をされた。

「これ、わかります?」

「はあ」

生検、取っておきました」

「ああ、そうですか」

「あと、これ。こことここ、色が違うでしょう」

「ええ、はい

「これが気持ち悪くてね…。念のため、ピロリ菌検査、やっておきましょうか」

「はあ、じゃあ、お願いします」

気持ち悪い、と言われてもな。

要は僕はヤバいんですかね、と聞けばよかったのだが、うっかりしているうちに機を逸してしまった。本当にヤバかったら医者の態度ももっと違うだろう、という気もするが、カメラを突っ込まれた俺が猛烈にえづいていても容赦なくチューブを送ってくる人種から信用できない。

そして俺は唐突に数年ぶりに、ミカンダイフクのことを思い出した。

ミカンダイフクは死んだのだろうか。

猫の寿命を考えれば死んでいる可能性が高いが、どこかで生きていてくれればな、と思う。俺もまあ、いずれは死ぬが、いまはまだ死にたくない。

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