2018-09-30

半分、青い。」の最高だったところ

中の下では、存在価値のない世界

鈴愛が漫画家になろうとしていた世界のそういう描写が、最高に良かった。

秋風先生に比べて、結局中途半端な才能を持っている人たち。

持てる者であり持たざる者でもある。

彼女、彼らが、足掻くのが最高に良かった。

大手企業就職できた律もそうだし、元大手広告代理店の津曲もそう。

わりと中途半端な才能でも許される世界ではあるけど、結局は苦いものを抱えて続けていくか辞めるしかない。

周りからは羨ましく思われるはずの人々の、そうでもないよ感。

本当にトップに立てているのは、秋風先生ベストセラー作家佐野先生くらいか

そのトップに立ってしまっている人の、何かが欠けてるおすすめしきれない人生の感じ。

周りからは羨ましく思われるはずの人々の、そうでもないよ感。


そういやイケメンキャラたちもそう。

モテるけど、結局欠けてるものは満たされない。おすすめしきれないイケメン人生

対比されるのはブッチャーだ。



秋風先生の大傑作ネームを、鈴愛が紛失してしまエピソードがあった。

描きなおせばすむ原稿とは違うものを、失う意味

さすがの秋風先生も本気で怒る。悲嘆する。

さすがの鈴愛も大反省

このエピソード、結局秋風先生勘違いネームは見つかるわけだが。

あれだけ大騒動起こした原因であるネームを読み直してみると、ただのナンジャコレ駄作だったというオチ

ではこの大騒動は、秋風先生やみんなにとって何か意味があったのだろうか?

そこの問いかけるものが、最高だった。

そんな、「人生なんてそんなものだ」という透明感。

いや、「そういうものだとして本気で生きていく」という半透明感?

そんなわけで「半分、青い。」の最高に良かったところメモである

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