一言で言うと、「格好いいは格好悪い」だと思う
そして、格好悪いやつは笑われる
渡辺直美やパパイヤ鈴木みたいな、「デブなのにすげえ!」みたいな、ギャップの面白さに似た部分はあるけど、少し違う
ブルゾンが面白いのは、格好つけてるのに格好良くなってない、思春期のヤンキーが滑稽に見える面白さだ
(もちろん、ネタの内容そのものの面白さもある程度あるんだけど、ここでは置いておく。反語にマジで返す言語的な面白さや、重箱の隅をつつくような具体的例示が彼女のネタの中身の面白さな訳だけど、まあ、小さい面白さなんでここではどうでもいい)
そう思うと、withBがなぜちょっと気になって、ちょっと面白いかも説明がつく
実はそんなにイケメンじゃないし、実はそんなにいい身体してない
それが、そんなに格好良くない女に、ホストのように尽くす様、絵になっているような気もするんだけど、実は絵になってない
そこが面白い
ブルゾンちえみのトーク見てると、本当に格好いいと思ってやっているんじゃないか、って感じる節も確かにある
しかし、本当に格好いいと信じているなら、それをネタにしようとも思いつかないはず
「格好いいと思ってやっている私、なぜか鏡で見ると格好付いてないし面白いわ」みたいな発見がどこかであったんじゃないかと思う
つまり、本当は望んでいる自分の姿とのギャップに気づき、そうなれない癖にそれに憧れる痛い自分へのセルフ風刺、それがブルゾンちえみの真の芸風だと思う
そして、それを芸風にすることにより、好きなものに憧れるイタさを少し自己肯定できる
彼女の言う、「自分は(あなたは)そのままでいい」はそういう意味だと思う
痛い自分も自分の一部、痛い自分も面白い、痛い自分も飯の種、ってことだ
ブルゾンちえみがつまらない、どこが面白いかわからない、って言っている人の声もよく聞く
正直言うと、ブルゾンの自己への批判的姿勢まで見れていない人がそう言っているように感じる
つまり、ブルゾンちえみは本当に格好いいと思って格好付けているだけと思っている人
または、批判的姿勢に気付いていたとしても、それが心に刺さって痛くなる人だ