各種SNSに「死にたい」とつぶやくことで、悲劇のヒロインを演出するファッションである。
それは所詮ファッションだから一々真摯に親身に真剣に反応するやつは野暮天だ。
例えば包帯巻いて眼帯して目玉柄のリュック背負ってM字バングしてる人間がいたとして、
「そのファッションはやばいよ」って言おうと思うのは、どこの関係性の人間からだろう?
そこまで仲良くない人だったら言わないんじゃないかな。スルー。
そんな距離感、SNSになるとなんでもかんでも「身近な人」にカテゴライズしちゃう人間がいる。
他人の死にたいファッションに逐一「大丈夫?」とか「うぜえ死ね」とかさあ・・・。
なんでそういう、どうでもいいことに対して、一一真摯に務められるのかな?
話変わるけど
こっちが「どうでもいいこと」と思っていることにも真摯になる人って一定数いるよね。
毎週体調悪くなる仕事場の人間に、毎回「大丈夫?」って声かける人とか
自分がそういった人に対して何等かの行動をするコストのパフォーマンスに無関係で
「身近な人」の基準がやけに広いんだよなあ。