「ゆとり教育」は正しかった http://agora-web.jp/archives/1657515.html
「ゆとり教育」の「学習内容の削減」は正しかったってことだと思う。「新学力観」で作られた砂上の楼閣はことごとく倒壊して「ゆとり世代」が量産されたけどね。間違ってたのは「学力観」だった。
学校教育では「ゼロから解き方を考えさせる」には成らなかった。だって、児童生徒が「ゼロ」じゃないんだもの。「問題解決学習」を授業でやると、「すでに回答を暗記している」子どもしか発言せず、一部の子どものための授業となる。どこで暗記してくるのかな。格差の出現である。学習塾などで「解き方を暗記してくる」、それを授業で「誇らしげに叫ぶ」。解き方や考え方を発表するならまだしもね。回答そのものを叫ぶ。理解なんかしちゃいない。教科書とちょっと数値を変えてやると……できない。「ずるい!卑怯だ!」解法のパターンさえ習得できていないお前は馬鹿だ。学習塾で詰め込んで貰う費用がなかったり、詰め込みを受け入れる能力がない平均以下の児童は取り残されていった。能力による分別と能力にあった教育方法が必要ってことだ。今の流行は「言語能力の育成」らしいが……語彙無し・表現力なし・論理的思考力なしで、詰め込みなしでどうやって育成できるのやら。
http://agora-web.jp/archives/1657408.html
こっちに書いてあったか。