2015-09-05

100万円の札束を見る機会

自分がそう思ってるだけかもしれないけど、

今の時代、100万円の札束を生で見る機会ってそんなにないよね。

自宅に金庫でも設置して現金保管してる人ならともかく、

給与振込も高額の買物もだいたいは振り込みやカード決済で済ませる。

ボーナス100万円あったとしても、100万円の出金があっても、

100万円の貯金があっても、100万円、つまり1万円札100枚の現物って

なかなか見る機会がない。見たら、「おぉっ!」って思うし、それを

バッグに入れて持ち歩かなければならなくなったときの緊張感は

かなりのものだけど、カード明細や通帳の上で100万円という金額が

入出金されても、ただの数字の羅列でしかなく、そこまでの重みはない。

税金だって会社勤めだと毎月の給料から天引きだけど、ただの明細上の数字の羅列だ。

残業頑張ったり、ボーナスがでかかったりしても、ただの数字の羅列。

15年ほど前、会社を辞めて、自分確定申告して税金を払うようになると、

税金は毎月の分割でなく、まとて支払うことになる。

住民税は分割の支払いも可能だけど、まとめての支払いも可能だ。

まとめてだと結構な金額になる。

100万円を余裕で超える。

その金額を銀行の窓口で振り込む。

100万円。やはり振込用紙や通帳に記入される数字の羅列。

100万円という金額を支払っているのに、あまりに軽い。

受け取る方も支払う方も完全に流れ作業とただの確認しかない。

で、面倒臭いけど、一度やってみた。

ATMで100万円下ろす。

そして、その金を持って、税務署区役所の窓口に行く。

100万円を手渡す。

その重み。それを自分で感じつつ、渡す相手にも感じてもらいつつ。

まあ、受け取る方はただの受付けの人でなんとも思ってないかもだけど。

とにかく、お金というものをただの数字の羅列のままで済ませず、

きちんとその重みを物理的にも心理的にも実感したくてやってみた。

それが、5年前。

以後、時間のあるときときどきやっている。

100万円と書いたけど、本当にきっちり100万円ではなく、

だいたいそのくらいの金額ってことで。

これは別に税金にかぎったことではないけれど、ローンではないある程度の

高額の買物をするときって、振り込みやカードで済ませるのではなく、

あえで現金で支払うと、きちんと相手もそのお金の重みを受け取ってはくれまいか。

売る側も自分はこれだけのものを売ってるんだという自覚をもって気を引き締めてくれないか。

時代遅れかもしれないし、そもそも自分会社員だった時代だって

給与銀行振込で給料袋には明細の紙切れ一枚しか入ってなかったけど、

もっと昔は給与袋には現金が入っていたと聞いた。

現金の重みって意外と大切なんじゃないかって思ったんだけど、

これって、古い考え方なのかな。

  • 給与は銀行振込で給料袋には明細の紙切れ一枚しか入ってなかったけど、 今は給料袋そのものがないぞ。 毎月の給与明細はPDFファイルがメールで送られてくる。 重さ0の電子データだ...

    • 内の会社はメールも来ないなぁ。 社内サーバーにブラウザで見に行くとPDFをダウンロードできるけど、 毎月知らぬ間に支払われて確認すらしてないや。

  • 父親の葬儀費用で母ちゃんの口座から100万下ろしに行った時が俺の人生で最も怪しまれたピークの瞬間だった。裏からえらい人が出てきて家に電話をかけられ、その程度は予測済みだっ...

  • ウッチャンナンチャン炎のチャレンジャーで3ヶ月毎日夕食家族全員でいただきますできたら100万円ってのがあって余裕すぎだろと思って見てたのを思い出したけど、間に合いそう...

  • 実在感の問題だね。100万円の札束だって物理的には紙の束じゃん。それに重みをつけてるのは「その紙切れにこれだけの価値がある」っていう知識の方。 俺は自営業してて職種柄現金取...

  • それはあるね。 いい悪いはともかく重みを伝えるのに、少なくとも日本では現金は効果的だ。 子供の頃から現金を使ったことがないというレアケースはともかく、いくら頭でただの数...

  • 古い話ではないし現金至上主義はこれからも存在しつづけるだろう。 理由は述べているとおり。価値なりを実感できるらしいところ。 しかし問題はその価値が重みなどとともにそこ...

  • いい文章だ。 現金の重みというか現実、リアリティを感じることは、懐かしい記憶と新しい感覚を呼ぶ。 100万円あれば、摂生すれば、文化的に、約1年生きられるだろう。 その重...

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