2013-06-16

知らなければよかったこと

小学生の頃。

友達の部屋で遊んでいたら、家の奥から突然お経が聞こえてきた。

とても野太い声。どうやら奥には男の人が何人もいるようだった。

私と彼女は同じマンションから、部屋の作りも同じ。

から家の奥にはうちと同じように畳の部屋があるはずなのだけど、

家に行くといつも彼女はその部屋の襖を真っ先に閉めて、

決して私たち友達にそこを見せようとはしなかった。

そんなことは特に不思議にも思っていなかったのだけど、

たまたま彼女のお母さんが和室に入っていったときに見えたのは

選挙ポスターのようなものだった。

センキョなんて大人のすることだし、私が気に留めることは何もなかった。

床にまで響くお経は、止む気配がなかった。

私たちZONEの歌で無邪気にダンスを考えていた最中だったけど、

お経がうるさくって もうそれどころじゃない。

彼女オーディオスイッチを乱暴に切って、

さっきまでの笑顔はどこへやら、追い立てるように私を外へと促した。

 今日はもう帰って。


意味も分からず家へ戻り、母に事の顛末を話す。

ふうん、と聞いていた母は「外で話すんじゃないよ」とだけ言った。

母同士も仲がよかったから、

学校のこととか、事あるごとによく長電話をしていた。

彼女と仲のいい、1こ上の女の子遊んだことがあった。

「あたしたち昨日、まちゃみに会っちゃったんだよねー」と笑顔だ。

どうして1こ上の子と仲良しなんだろう。芸能人に会うなんてうらやましい。

どこでまちゃみに会ったのか聞くと、そう遠くない場所だった。

テレビに映ったんだろうか。置いてけぼりみたいな気分で、つまんなかった。

お察しの通り、

彼女(もちろん1こ上の子も)が「そういうこと」だったのを知ったのは

だいぶ後になってからだった。

彼女のお母さんが母に電話をかけ、時々 母とお茶をしていたのは、

センキョの前と、まちゃみに会える機会のお知らせと、新聞購読のお願いのとき

まきちゃん(私)のお母さんには電話しないで」

そう言って、彼女は泣いていたという。

地鳴りのようなお経が聞こえたあの日の晩も、地団駄踏んで泣いていたらしい。

友達に知られたくなかった、と。


彼女は まだ小2なのに、

私の母に電話する用件とその意味が分かっていた。

私がそれに気付いたのは、中学生になってからだったのに。

その頃になるともう彼女とも話すことはなくなっていたけど、

すっかりギャルの姿になって大声で笑っている彼女とすれ違うたび、

あの頃の姿で彼女が泣いている光景が浮かんでくるのだ。

泣くところなんて見たこともなかったのに。

の子が泣く理由を、知らなければよかったと思う。

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