2012-05-01

十一本指

#象の足

見つけないで欲しい。たった一人で逆上がりをする細い腕の、規則正しく失われてい

った憂鬱と。まだ失われていない真っ昼間に、これから失われる夢の続き。押入れ。

幽霊。原っぱ。糸電話の向こうから叫ばれ続ける”たとえば世界がなかったとしても”

という声に耳を塞いで、待ち続ける、待ち続け、失われ続ける、続けた、続けていた。

待ち続けて、待ち疲れ、青い空を見て涙が出た。何かを殴りつけた。読むことのない

手紙を燃やした。草むらに横倒しになった巨大な冷蔵庫を前に、立ち尽くすことしか

できなかった。

消えていく輪っかと

現れる独り

消えていった人の

ぼやけた横顔

消えていかない海に

追いつかない時間

#追いかけっこ

障子に開いた五つの穴の、そこに当てられた四人の目の。何を見て、何を見ようとし

て。「不安なの?」と誰かが言った。押入れの中から声がした。震える体を抱きしめ

ようとしてくる人がいて。それでもひたすらに独りだった六畳間の、中吊り棚に立て

かけた、気象衛星鉛筆デッサン。指先が痙攣し、はぐれ、引きちぎられ。破れた人

差しから海が広がる。見覚えのある海岸線に、燃え上がる袈裟姿の坊主。もつれる

足に指し貫きが引き摺られ、砂の城がそれに巻き取られる。波の打ち寄せる音だけが

鮮明に聞こえる。悲鳴は隠される。波は多くを攫い、やがてそこには誰もいなくなる。

何も見えなくなる。

喉もとに

纏わりついた

途方のない痛み

うっ血した首筋

窓を叩きつける

冬の土砂降り

底冷え

十二月

2010年かくれんぼの日。六本指で生まれなおした真っ暗な午後三時に、手紙を書い

た。寝巻きのまま、口笛を吹いて夜になった。一つの真っ暗が終わってまた別の真っ

暗がやってくる。手紙を書き終えることはできない。くしゃくしゃになったPPC用紙

からこぼれた言葉、が、角膜に焼きつき。”天井に人型の染みができて、やもりの見

る夢、バイオロイドの見る夢、もう一度だけ話がしたい、黙って取り残されたのも、

本当にもう手探りで、びっくりするくらいに遠く、押入れの戸締りが、夏になったら、

さぼてんが枯れたよ、体が、寒い

弱弱しく

手を繋いだ

聾だったのに

片耳を塞いで

生きる、ということ

生きている、という

その

#大赤斑

人に差し向けた人差し指に鬼やんまが止まり、失われていったものはもう一度失われ

る。人を指していた自分の指に突き刺される。逆上がりをしてひっくり返った景色

ひっくり返らなかった世界。何もかもが悲しいのは”それがそこになかったとしても”

という声を枯らしてしまたから。待ち続け。待たれ続け。待たされ続け。目の前で

大口を開ける坊主の、かき消された叫び声。両目を覆った十一本の指。その隙間から

ちらちらと覗く青い空が、鮮やか過ぎて、恐ろしく、涙を流し、殴られ、手紙を書き、

書いては、燃やす。伸び縮みする宇宙膜に手を伸ばし、広がりの切れ端に俺は飛び込

む。

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん