2009年02月22日の日記

2009-02-22

http://anond.hatelabo.jp/20090222103702

「すきだ」と伝えることが大事なんだ。

と「プフッ」と言われた僕がお知らせします。

同士よ;;

昨日告白した、『好きだ』の『だ』のところで相手が吹き出した(ノД`)

俺「好きだ!」

相手「(;゚∀゚)=3 ブフォッ」

俺「ブフォッて!? ブフォッて!? YesでもNoでもなくブフォッて!? 。゚(゚´Д`゚)゜。ウァァァン

勇気を出して告白したのに速攻で吹き出した!『好きだ』の『だ』の所で吹き出した!」

相手「あ、やば、ごめん、えぇと…なんて答えたらいいかな…えぇと…」

俺「もういいっ、もういいっ、最後まで言わなくても今ので十分伝わったから!(ノД`)」

相手「そうだよねぇ…伝わるよねぇ…今のは自分でもちょっと酷いと思った…つい…」

俺「ついですか(ノД`)」

その後はしょげ返って今日の朝まで飲んだくれコースですよ。

このぐらいあっさりしてるとかえって未練がないよね!もう全っ然っ可能性ないって伝わってくるから(ノД`)

しかしブフォッて( ´;゚;ё;゚;)ブフォッて

あぁぁぁんもおおおお、うのおおおおおおお!(;゚ω゚)

つあばあああああ(゚д゚lll)ああぁぁぁぁぁぁ!

http://anond.hatelabo.jp/20090222004242

そうかもなぁ。

というか、

1. 思考力がない(つまりバカ)

2. バカであることに誇りを持っている(もしくは、問題を感じていない)

3. 自分の理解できないことは理解する必要がないと考えている

という輩が多いよね。

ま、所謂大衆って奴か。オルテガ的な。

http://anond.hatelabo.jp/20090222001127

良い親父さんに恵まれて良いことだね。

親父の役割ってのは、やっちゃいかんことをしたときにきちんと叱ってやることだよ。

どうしてダメなのか何てことは自分で考えさせろ。

一線を越えそうになったらガツンと言ってやった方がいい。あとは自由にやらせといて構わん。

http://anond.hatelabo.jp/20090222100251

HTMLは基本テキストエディタで手書きなweb制作屋だけどASPerlPHP自分で書いてるYo

むしろHTMLエディタ使ってるやつのほうが単なるHTMLコーダー多くないか

w3cとか全然知らずに定義意味も知らずに見た目だけで書いてる

プログラミング知らないHTMLコーダーダメな理由

web業界にも様々な職種があり、最近では分業化も進んでるみたいだが、

だからって「自分HTMLコーダーですから、プログラミングには興味ありません」は通用しない。

HTMLコーダーデザイナーも、プログラミングは勿論サーバーネットワークの知識を持つべき。

まぁデザイナーは別業界でもある程度潰しがきくかもしれない。

一番危ういのはHTMLコーダー

HTMLコーダーって、HTMLしか書けない人が多い。

プログラミングは分からない、とか、勉強する気はない、とか言っちゃう人もいる。

HTMLなんて所詮静的なものだから、webっていう分野の中で見たときその重要度は最底辺である。

webは動的でこそ意味があるからね。

HTMLコーダーという職業が未だ成立しているのは、単にプログラマHTML書くのが面倒くさいから。

そもそもHTMLなんて素人が一ヶ月本気で勉強すれば仕事になるレベル

後はハックw ひたすらハックw そして複数のブラウザでチェックチェックチェック。

まさにIT土方。力仕事なのである。

なにもHTMLコーダーからプログラマステップアップしなくても、普段の仕事活用出来る。

プログラミングがちょっとわかれば、人間が手作業でやる仕事コンピュータに丸投げできる。

HTMLコーダーはそれをしない。

なんか、自分の手でやることが粋だとか、古い職人みたいなこと言いやがる。

HTMLは手打ちに限るね、なんて、うどん屋かっつーの。

HTMLエディタを使わない、もしくは使っていてもメモ帳と同じレベルでしか使ってないのは、

ソフトを使いこなせない、逆にソフトコンピュータ)に使われている状態。

自分の理解レベルをちょっとでも超えると、あもうこりゃ手でやったほうが早い、ってなっちゃう。

だから成長しない。

HTMLコーダーは一人ではなにも生み出せない。

なにか便利なwebサービスを思いついてもそのプロトタイプすら作れない。

webの一番美味しい部分を捨ててる。

HTMLコーダーはなぜかプライドだけはいっちょまえ。

俺の書いたコード勝手に変えるな、とか、俺のCSSに手を出すな、て具合。

そんなことプログラミング覚えてから言え。

世の中そんなキレイごとだけでは回らない。

動くモノを作り出すために妥協せざるを得ないこともある。

ここのマークアップ変えるだけでサーバ負荷が減るんならそうすべき。

さぁHTMLコーダー諸君、今日からプログラミングのお勉強始めましょう。

http://anond.hatelabo.jp/20090222095842

なんか珍しくまともなこと言ってる人を見た!友達になりましょう。

http://anond.hatelabo.jp/20090222092154

 僕もブックマークしたけど、マスゴミがどうとかっていう部分はどうでもよかった。

ただし,彼女が指摘するのはマスコミの特殊な事情に関してではない。そもそも,企業でもお役所でも政府でも,あらゆる組織ダメになるのは「本当のことを言う」という1点が守られていないからで,実はそれこそが組織にとってもっとも重要なことなのだという。

 この辺りの記述に、なるほどと思わせるものがあったからだよ。

イデオロギーの修正

自分のなかにある自己責任論を打破しようと決めた。

ただ単なる、気持ちの問題だけど。

ほどほどの学歴を得て、そこそこの会社にも入った。

人並みに努力すれば報われると思っていた。

そして、苦しい生活を強いられるのは、その人の責任だと思っている。

努力もせず口先だけの文句を言うことなんて、非常に馬鹿馬鹿しく恥ずかしい。

だけど、単純に自分の考えを俯瞰してみると、非常に冷酷ではないか。

もしも、自分社会的にみて弱者の側であるなら、強者に助けを求めるだろう。

どうしていいのか分からないだろう。

強者は厳しい労働を強いられることもなく自由に生きている(ように見える)のに、手を差し伸べることもない。

強者は国に頼らずとも、うまく生きていけるのではないか。

弱者のためを思った政治参加をしても良いかと思えてきた。

昨日は大変な目にあったわ、と思ってみて、そもそも昨日がどんな日だったのか忘れていることに気がつきました。どうもこの頃もの忘れが激しいようで、夕方になると今日の朝のことまで忘れている始末で、例えば洗濯機に入れていた洗濯物のことを忘れて生乾きの服を夜に家の中に吊り下げて乾かさなくてはならなくなったり、昼にカレーライス社員食堂で食べてくるから、とお父さんが言っていたのを忘れてハヤシライスを作ってしまったり、同じ週刊誌を発売日に買って、違う日に「あ、これ買ったかしら。面白そう」ともう一度買ってしまったり。そういうことがよくあるのです。お前はボケてきたんじゃないか、とお父さんは言い出すのですが、反論できないのが悲しいです。自分自身、やっぱりとぼけ人間なんだなあと、今日買ってしまった三冊目の月刊誌の最新号を見ながら、つらつらと思ってしまうのです。

ところで、初春を迎えたからかどうか、ともかく暦通りに世界ではなべてこともなく時間が過ぎているようで、二月になったこのあたりでは既に河川敷や土手にたんぽぽ菜の花が咲いているのが目立つようになってきました。時折雪が舞い散ることがあるのですが、雪に半ば埋もれて凍ってしまったたんぽぽというのもなかなか趣深いものがあります。そう言えば昔、推理小説で夏なのに島に雪が降るという出来事の起きる作品を読んだことがありました。あれは何だったかしら……向日葵畑に降る雪のことを想像すると、なんだかとても素敵な風景に思われてきて、わたしは思わず自分の膝の上に乗せた美代子に万歳をさせて、雪が降ったらお前はやっぱり炬燵の中で丸くなるのかにゃ? と話しかけてみました。美代子は軽く欠伸をして、わたしの体から離れようとするので首根っこをがっちり掴んでやりました。ネコの分際で人間に逆らうとはふてえ奴。

あ、あらわたしったら。すみません。

ともあれ、美代子とわたしはそうして縁側に座って外の光景を眺めています。そうすると空から何かが降ってきたので、また雪が降ってきたのかなあ、お前はなんでそんなに寒いのが嫌なんだいねえ、と美代子に話しかけていると、それが雪ではないことに気がついたのです。それは家の裏山に生えているダイオウスギの花粉でした。ダイオウスギといってもわたしの家の裏山にしか生えていない突然変異種のスギですから皆さんは御存知ないかとは思います。ダイオウスギの花粉というのは普通花粉よりもずっと大きいのです。

なにしろダイオウスギ自体が普通のスギよりもずっと大きいのです。空に突き刺さるかと思うほど太くて鋭くて大きくて、わたしが五人いてやっと樹の幹を囲えるかどうかというくらいの樹です。近所の人からはダイオウスギが他のスギや木々栄養を奪い取っているんじゃないかと何度も伐採されそうになりましたが、わたしが必死に思いを敢えて何も言わないという形で伝えるべく無言電話町長の家に500回ほどかけたところ、やっとおとなしくなってくれました。そのことをそもそもダイオウスギを植えた死んだ祖先のことを考えると、誇らしくなります。美代子の体に生えている毛を毟り取りながらそんなことを思います。美代子はすっかりぐったりしてしまったようですが、毛を毟られるとびくん、と痙攣しギャン、と大きな声をあげます。可愛い子です。

スギから放たれる花粉が少しずつ積ってきます。そう言えば花粉症に悩まされる人がこの時期は多いとか。国民の一割の人が花粉症に悩まされていると聴くのですが、ダイオウスギの花粉はそれこそ手で摘めるほど大きい粒なのでそれが鼻の穴に入ることはあまりありません。あったとしてもマスクをして歩けばそれだけで十分防御できます。わたしは花粉症ニュースを見るにつけて、我が家先祖が植えた突然変異体のダイオウスギを世界中に植えれば花粉症は壊滅するのではないかと思います。もっとも花粉そのものを全身に被ってしまったことでアレルギー症状を起こして毎年死者が出ることもあるし、宙を舞う花粉が眼に入ってよく学校帰りの子供たちが自転車で転んで川に落ちたりしています。帯に短したすきに長し、というものなのでしょう。

こう思っていると何故か、とても裏山に行きたくなりました。子供の頃のようにダイオウスギの根元に行って、空から降ってくる花粉を浴びたいと思いました。わたしは別にダイオウスギの花粉アレルギーを起こすことはありません。もみ殻と同じで、ちょっと体が痒くなるくらいです。わたしは美代子の首根っこを掴んだまま、サンダルを履いて外に出ました。

外に出ると広場で何か火の手が上がっています。騒ぎになっています。火事? でも広場だから燃えるようなものなんかないと思うのですけど、一体なんなんでしょう。わたしは行ってみました。すると、広場で中学生たちが花粉が降りしきる中、暴れていました。中央に燃えるものがあって、それが子供たちに囲まれているという状態です。何かしら?

それはリムジンでした。中学生たちはリムジンを真ん中において、シートかどこかから火をつけて、そのリムジン燃える中を囲んで踊っているのです。ブランキー・ジェット・シティの歌そのままの光景です。あらあら、足元にいくつか瓶がありますわ。火炎瓶もあるのでしょうけれど、男の子たちが飲んだテキーラの瓶も幾つか見られます。テキーラの瓶の中にはトカゲが入っています。あの子たちったら、酒屋に強盗に入って上物の酒を奪い取った後、リムジンを盗んで広場で火をつけて遊んでいるのですね。若いというのは羨ましいものです。すっかりおばさんになってしまったわたしにはそのやんちゃさがとても好ましいもののように思います。

あの子たちったら若いわ。素敵。好き、大好き!

わたしはさっそくその広場に行って、おばさんも混ぜて頂戴、と彼らのひとりが持っているテキーラを手に取ろうとしました。すると男の子のひとりが、クソババアは縁側で玄米茶でも飲んでろ、と言ってテキーラをわたしから遠ざけました。なんて素敵な罵りの言葉なんでしょう。こうした言葉が吐けるのも若さならでは。だったらわたしは大人としてこの子たちを調教、いや矯正してあげなくてはなりません。

大人を舐めるんじゃねえぞこのションベンタレが! とわたしは絶叫して、広場の隅っこにあった金属バットを(その広場は子供たちがよく野球場として使っていたので、そうしたバットがたまたま置いてあったのです)降り回し彼らの脳天をジャストミートさせました。ひとりだけ逃げようとするヘタレ野郎がいたからそいつには特別に手足の四本の骨が折れる音がするまで痛めつけてやったぜ、けっ、大人を舐めるなこの糞ガキが。

あ、わたしったらやだ。すみません。

いったい何の話をしていたのでしょう。すっかり忘れてしまいました。私は手に持っていた美代子を火の中に放り投げると、悲鳴を背後に夕食のピザトーストを作るべくまた家に戻りました。振り向くと花粉は倒れた中学生たちの身を包み、そして覆い隠してしまいました。日に触れた花粉燃えて火の粉となって舞い散る光景が素敵です。お父さんのトースト睡眠薬を仕込んでくたばったあとにまた来てゆっくり眺めようと思って、私は家路につくのです。明日はどんな日になるのでしょうか。そうです忘れてしまった昨日ではなく明日のことを考えましょう。私のおじいちゃんの口癖でもありました。明日が楽しみである。

http://anond.hatelabo.jp/20090222083440

マジコン違法じゃない。

販売側もぎりぎり違法じゃない。だから任天堂を含む各社はマジコン販売元に訴訟を起こしてるはず。

ソフトウェアダウンロード違法じゃない。

マジコンの利用は反社会的であるにも関わらず、犯罪ではないことがこの件の難しいところだな。

http://anond.hatelabo.jp/20090221162301

マジコン利用は、より良いものをより安くっていう、通常の経済活動に過ぎない

経済活動になっていません。

マジコンを利用するなっていうのは、それが経済活動になっていないことが理由だったはず。

http://anond.hatelabo.jp/20090221163451

万引きは完全に違法だが、マジコン違法なのか?俺は詳しくないが。もし違法なら話は簡単だが。とにかく、マジコン批判の中にはゲーム業界へのダメージを言い立てるのがよくあるパターンだから、業界を憂うことへの批判があるのは当然じゃない?

http://anond.hatelabo.jp/20090221231111

スーパーが5km先にあったとして、買った生鮮食料を自動車使わずに運ぶのは大変なんじゃないかと思った。

とはいえ、僕も、田舎でも自動車に頼りたくない(維持費+環境コストを考えて)とは思う。どうしたものか。

・・・住まないのが一番かなぁ。

南京大虐殺論争を考える上で重要なこと

http://anond.hatelabo.jp/20090222014802

この問題を考える上で重要なのは、虐殺があったとされる期間、地域犠牲者を明確に定義づけすること。

現状においては、大規模な虐殺があったとする論者も無かったないし規模は小さかったとする論者も、どの範囲からどの範囲までを切り取って虐殺とするかという点で全くすり合わせが出来ていない。

ただ、まず間違いなく論として問題であるのは、大虐殺があったとする論者は当時の証言を裏取りをせず容易に信じすぎているということ、犠牲者カウント方法に憶測を交えすぎていること、期間と範囲を徒に拡大する傾向があること、無かったとする論者は虐殺の定義国際法に対して恣意的な解釈が多いということが問題。

死にそうな人にも効く

こないだ、宗教講演会の勧誘が来たんだけど、

風邪ひいてしんどいから話を遮って、「今しんどいから帰ってください」って追い返した。

そしたら、再びやってきて「死にそうな方にも有効なんです」とか言ってきた。

そのときは熱があって、寝起きで頭がぼーっとして気づかなかったけど、すごい発想だよね。

人の話を遮るくらいしんどい=死にそうである、ってことでしょ?

そもそも、死にそうな人間は呼び鈴に出ないと思うんだが。

仮に出たとして、今死にそうな人間が1ヶ月後の講演会に参加するって考えるのもすごい。

参加費が無料ならちょっと聞いてみたい気がしてきた、その講演会

なんか青春の終わりにあたってどうしても書いときたいので書く

15年ほど前の話。

首都圏に住んでいてセンター試験過去問とか模試の成績は理系科目を中心に良かったけど、父親がお前の粗忽さではいずれ実験事故を起こすといわれ文転。当時西田裕一とか富岡勝とかの仕事のせいで(もちろん当時そういう仕掛人たちのことなど知りもしなかったが)思想だとか哲学だとかが面白そうに見えた。香山リカの「自転車旅行主義」はイマーゴの連載で読んでいた。

ワープロは使っていたが、パソコンはたまにひとんちで触らせてもらう程度。

そういう狭い世界の偏りすぎたアンテナが拾い上げた情報によれば、千葉大に土屋俊先生という人がいて、なんかアメリカのCSLIとかそういうとこに行くような研究とかしているらしかった。他にも慶応文学部でも面白いことができるらしいとか。

あげくわけあってずいぶん西の方の大学へ行って、パソ通(そしてすぐにインターネット)にはまって時間を浪費するいっぽう(聖トマス・アクィナスが「チャットルームに入り浸るな」と仰っていたことを当時知っていたら!)みすずだの勁草だの法政だのNTT出版だのUPだのから出る高価な訳書ばかりを買って読んで勉強した気になって、ちょっとだけ英語でRortyを読ませてもらい、そして哲学へ行くにはドイツ語もできず喰いっぱぐれる覚悟もないので駄目だと判明して、社会学を選び苦し紛れに名ばかりの卒論を書いて、書いたので力尽きた。学歴ロンダリングのために日本の最も古い都のそばにある大学院にでも行って計算機科学修士号をとろうかとも考えたが齧るスネにも限りがあった。そのままフランス語単位を一コマ残して一年留年し、価値のない学士号をもらった。GiddensもDurkheimも1ページたりとも読んだこともなく社会学士を名乗るのはおぞましすぎる現実。だれかさんの挑発的なタグを借りれば「足手纏いな大卒就職組」の典型。

もちろんそんな奴が偽社会学を流布して世の中を騙すことはできない。その程度にはこの世はよくできている。

このとき齧りすぎたスネはその後折れてしまった。NYCに旅客機特攻爆撃をやらかして数年後、家族は崩壊。経済破綻からではないが、教育投資のリターンが期待はずれだったことによる影響は否定しがたい。退職金を手に出奔した父はぼけてろくに介護も受けられず孤独死でもすればいいと思うが、自殺した母にはどう詫びたものか言葉もない。

今の人生には満足しているが、およそ学校というところで何も学問をしなかったことは今も悔いている。机の上には開いたこともないシカゴマニュアルの14/eが未練がましく置いてあるのだ。そして年一回は『職業としての学問』を読んでウェーバー先生、私はだめな奴です、とつぶやくのだ。

そして妻が背中をもんでくれとせがむ。月曜日には入籍とか国民年金とかいろいろ手続きをせねばならぬ。

http://anond.hatelabo.jp/20090222061859

今のはてブってただのオンラインブックマークとしてはあんまり機能してないよ。

かと言って自分ブックマークを人に披露するためのサイトになってるってわけでもない。

基本的にそのニュースや記事に対する一言コメントサイトになってる。

だから見せつけたいとしたら「自分意見を」であって、「人の書いたものを」にはなってない。

運営もその状態を肯定してるからこそスター機能つけてるんだと思う。

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