2021-01-29

[] #91-6「13人の客」

≪ 前

13人の客、その8人目は靴下業界の者だった。

アパレル産業の中でも、随分とピンポイント職種がきたな。

「かなり古いんですが、『麻の靴下』ってタイトルは御存知? 冬木マリが歌ってる方じゃないですよ」

冬木マリって人が歌ってる方も知らないんですけど……」

話もピンポイトすぎて、俺にはピンとこない。

店員さん、あなた衣服に気を使っていますか?」

「まあ、人並みには」

「では靴下に拘りも?」

「いえ、特に……」

「あ~、いますよね。靴に拘ってる割に、靴下には無頓着って人。靴下からって下に見てるんじゃないですか?」

そう息巻くと、持っていたカバンから様々な靴下を取り出し、俺の目の前に並べ始めた。

「中には靴を素足で履いてる人すらいる、サンダルみたいに……いや、サンダルだって靴下を合わせて欲しい」

すると徐に、営業トークじみた解説を始めた。

やっぱり映画の話と関係ない。

「足って意外と汗をかきやす場所なんですよ。そこで、この靴下は吸水性のある麻を使っているんです。しかも乾きやすくて蒸れないから夏にピッタリ! 化学繊維じゃあ、こうはいかない」

まるで、こっちが接客されてるみたいだ。

この人、まさか俺に靴下を売ろうとしているのだろうか。

「いやあ、俺ズボラなんで片方だけ失くしたりとかしやすいですし。そういったものに高い金だすのは、ちょっと……」

「それは安い靴下を買っているからですよ。安い靴下はね、紛失しやすいよう意図的設計されてるんです。薄利多売が目的の、靴下業界陰謀なんです!」

挙句荒唐無稽陰謀論まで提唱してきた。

「良い靴下があればサンタクロースや、ポッターに出てくるドビーだって大喜びですよ!」

サンタドビー靴下のものが好きなわけじゃないだろう。

====

13人の客、その9人目はこれといった特徴のない人だった。

店員さんが好きな作品オススメ作品ってある?」

「そうですねえ……お客さんがよく観るジャンルは?」

「オレ? 最近、観たのだと『深夜の黒い白鳥』とかかな」

なにか肩書き自称するわけでも、言動にクセがあるわけでもない。

尋ねてくる内容も、真っ当に作品タイトルや内容についてだ。

原作のない邦画で、現実路線作風が好きって感じでしょうか」

「あー、そうかも」

「では最近やってた、この『代々木、イン、マルマイン』とか、どうでしょうか」

「ふーん、いいんじゃない?」

「では、これ何日レンタルで? それとも、お買い上げ?」

「え?」

だが、この“普通の客”も、結局は“今まで挙げた客の中では”という意味しかない。

「え、ビデオ借りに来たんですよね」

「え?」

「だから俺に好きな作品を尋ねてきたんでしょう」

「え?」

「違うんですか。じゃあ、なんのために聞いてきたんです」

「うーん……なんでだろう?」

そこで話は終わった。

というよりも、終わらせる他なかった。

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