そもそもあの件にどっちが悪いなんて白黒つける必要はないと思っている。
というのは、どちらにもそれなりの言い分があり、かつ、非があるとおもっているから。
まずレストランについて思うこと。
予約していても入店を断られるというのはどう考えても気分のいいことではない。
断るなら、それ相応の断り方ってもんがある。断り方というか言い方と言った方が正しいか?
「従業員の数をかんがえるとほかのお客様へのサービスがおろそかになる」
的なことをやんわりと伝えれることができればよかったのだ。
昭和の頑固なラーメン屋のおじさん(勝手なイメージ)じゃないんだからさ。
それができれば乙武氏に同伴していたという女性が泣いて店を飛び出す、という事態にはならなかったかもしれない。
次に乙武氏について思うこと。
予約する時点で、レストラン側が乙武氏の名前を聞いて「もしかしてあの乙武さんですか?」なんて聞けるわけがない。
全国に「乙武さん」という名字の方がどれだけいるかわからないが、それが佐藤さんや田中さんだったらキリがないわけで、そこは乙武氏が気をまわしてもいいところ。
ブログには「お恥ずかしい話だが、自分で店を予約する際、あまりバリアフリー状況を下調べしたことがない。さらに、店舗に対して、こちらが車いすであることを伝えたことも記憶にない。それは、とくにポリシーがあってそうしているわけではなく、これまで困ったことがなかったのだ。」とあったが、それは乙武氏の友人やお店の配慮があってのことだと思う。
そういう恵まれた環境にあったんだろう。
いい人にはいい人が集まるとはいうが、そのとおりで、人徳のなせる業だ。
同伴していた女性が泣いて飛び出してきたからって短気すぎないか?
(そもそも泣くのかよ、と女の私は思うがそこはまた別の話なので言及しないでおく。感受性の強い方なんだよ、きっと)
大人気(おとなげ)ないよ。
今頃、女性は私が一因でこんなことになって迷惑かけたな、とか思ってらっしゃるんじゃないかな。
乙武氏はTwitterでみんなに意見を問う、というのはご自身の知名度を理解したうえでやったのではないだろうか。
知名度もある、伝える文才もある。
実際、ブログを拝見して、今回の騒動について反省している内容なんだが、どこか同情心を誘う。
しかも最後に「でも、やっぱり、店主がお許しくださるのなら、いつの日か再訪してみたいな。だって、お店の料理、本当においしそうだったから。」なんて書いてあったら、やっぱりいい人だな、なんて思ってしまう。
乙武氏にいい人という看板がついたら相対的に他方は、ということになる。
たとえ店名を明かしていいといわれたとしても。
私は両親に喧嘩両成敗という意識のもとで育てられたので、どちらが悪いとは白黒つけない。
で、この論争の終着点はどこよって
ノシ
終着点は暴れてる外野が飽きるまでだろうな 本人たちはほどなくして日常に戻ることだろう
乙武さんの問題ってそもそも差別問題なのかねって思う。 どう見てもコミュニケーションがうまく行かなかっただけに見える。 乙武さん、まじで彼らに運んでもらうことを要求しようと...