2013-01-29

成熟の個人差

ここ数十年の自由恋愛の進行とそれに伴う少子化(まあ経済的要因もあるけど)を見ていると、人間における社会性の獲得の度合いには、想像を絶する個人差があると感じさせられる。

大きく分けると早熟型とスロースタート型だ。

ちなみに早熟の対義語である晩成という単語を用いなかったのは、現時点で後者クラスタは「晩『成』」と言えるほどの結果が出ていないどころか、「まだ始まってすらいない」ことだらけの人達に見えるからだったり。

このうち早熟型の極端な例は、早い人だと18歳くらいで所帯持ちになってしまDQNのお兄さんお姉さんたち。

一方でスロースタート型の極北は、少子化問題クローズアップされている高齢童貞処女の皆さん。

両極を並べてみたとはいえ、双方の違いの大きさに驚いてしまう。


それがつい最近まで、社会における成人にとっての最優先事項が子孫の育成だったことから、ほっといたら高齢童貞処女まっしぐらだった人達も、適齢期のうちに周囲がお見合いで相手を見繕ってやってまで「一人前」にさせられたわけだ。

そりゃ出産育児という観点からすれば、基本若いほうがいいに決まっているのでそうなる。

それくらい大人になったら「養う機械」「産む機械」に徹することを求められていたとも言える。


今は時代が変わり、結果の是非はともかく、個人の自由がだいぶ尊重される時代になったけど、それでも昔の余波は大きい。

高齢独身への「一人前になれ」プレッシャー半端ないというか、早熟型の人達にとっての「普通」基準あるいは成熟モデル(?)を引き合いに「○○歳までに✕✕を経験していない人は半人前、△△歳になっても経験していない人はマジヤバイ」という価値観が未だに根強い。

「あるエピソード10代なら笑い話で済むのに、20代なら眉を顰められ、30代以降だったら『この人一体何?』と思われる」あるいは「いい歳して何やってんだよバカじゃねえのきめえな」という声が絶えない。

これはつまるところ、スロースタート型の人のロールモデルが未だに確立されていないからであって、そっちのクラスタに入った人が、自身の手でこれから黙々と築き上げていくしかないのだろうか。

築いた所で受け入れられるかどうかも怪しいけど。


それにしても人間という種に、なぜここまで社会性に個体差が生まれてしまうのか疑問に感じる。

多様性ということなんだろうけど、それで種の保存に危機が及ぶとしたら本末転倒ではないか

お見合いに限らず、古今東西非コミュでもなんとか子供を遺せるマッチングシステムがあったらしいけど、それはあくまで前述のおかし多様性人間適応しただけだろうし。

スロースタート人間の、社会性と引き換えにした生物学的意義がイマイチからないので、尚更個体差が不可解だったり。

  • 高齢独身への「一人前になれ」プレッシャーは半端ないというか、早熟型の人達にとっての「普通」基準あるいは成熟度モデル(?)を引き合いに「○○歳までに✕✕を経験していない人は...

  • 多様性ということなんだろうけど、それで種の保存に危機が及ぶとしたら本末転倒ではないか。 極東のはずれのちっちゃい島国でちょっと少子化進行したくらいで「種の保存に危機」...

  • まぁ、ウチも「スロースターター型」だし、田舎在住だからプレッシャーはある。 都会では「スロースターター型」が成立する。なぜなら仕事があるから。 地方では大学行って勉強して...

    • 田舎だと大卒者は(勿論圧倒的多数は「都会に出て行って帰って来ない」ルートだけど、地元に残るのであれば)公務員になると言うイメージがある 或いは田舎でも必要とされる資格職...

  • なんか話をごちゃまぜ&大げさにし過ぎなような

  • 君の中での「社会性」は結婚して子どもを作ることが最重点なのかもしれないけど、 どの個体もそれぞれが自分の子どもを作ろうとする方針は社会性とは真逆を向いているので……。

  • 「受け入れられる」必要なんかない。 社会なんつー曖昧なもんに「受け入れられた」と思えないと生きていけないような奴は はじめから社会が求める形におさまってる。

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