リプライとか野良ツイートでよく見かけるが、あの態度を自分への気遣いだとか、「下手に触れるな」「臭いヤツに関わるな」って言葉に優しさを感じるとかいう人は確かに信者だと言われてもおかしくない。あるいは信者みたいにへつらって取り入ろうとするトラップか。
端的に言って愚かな考えだ。見てて良い気分がしない。
あれは基本的に自分に降りかかるかもしれない火の粉を全力で避けるための言葉でしかなく、仮に誰かが火だるまになったとしても氏は助けないし見もしないだろう。例外があっても、少なくとも「お前」のことは助けないと思った方が良い。
例えばそれは、推しに注目するあまり現場で推しが一瞬でも自分に視線をくれたと感じたら認知されたと喜ぶようなおめでたさに似てる。
そういうこともあるだろうが、大抵そうじゃない。
氏を信奉する人間とは「何かを信奉する自分自身に酔ってる人間」か、そういう「酔ってる人間」に擦り寄って仲間意識を出しながら愚かな人間を食い物にしようとするトラップでしかない。
あれはプライベートの友人ならともかく、ビジネスで出会ったら絶対に心を許してはいけない類の人間だ。
この「信頼」を「信奉」と見間違えるなら好きにすれば良い。いつか食われるだけだろう。
暇空を「優しい」と形容する人は、一度ネットから離れて家族や地域の人々とよく話し合い、常識や社会通念、そしてアスナの大切さについて改めて考えてみてください。
ああいう「誰かの三下になりたい欲」みたいなのわりと見かけるけど不思議だよねえ ネット黎明期でもゴミみたいな個人サイトの主を師匠とか呼んで師弟ごっこしてる奴らとかいたじゃ...
有名人にまとわりついてると自分も存在を認知されアルファツイッタラーになれたりするから 暇空にまとわりついたことでyoutube収益化できたりバズれたりって奴も出た 藤原能成さんと...