2023-07-27

anond:20230726185923

増田はどうかわからないけど、こうした主張は保守右派と呼ばれるような人が論じてくることが多い。

しかし私が思うには、こうした日本日本語を大切に思う勢力こそ、日本語の柔軟さや強かさに気づけていないのではないか

なぜ彼らは、カタカナ語カタカナ表記もまた日本語の範疇と考えられないのだろうか。

漢字という表意文字があり、ひらがなカタカナという役割を分けうる表音文字がある。

アラビア数字アルファベットにも馴染むし、縦書きでも横書きでも表記しうる。

こんな強い書き言葉は滅多にないだろう。

日本という国が(保守派だったら日本という美しい国が、と書いてもいいところなのかもしれない)、

長い時間をかけて色々な文化を吸収し、それでも、たとえば匈奴烏丸のように歴史の中で無くなってしまわず国際社会の中で存在している。

日本語や日本表記はその結晶だ。

長い時代をかけて日本表記は例えばセル魔人ブウみたいにいろんなものを吸収して強かに生き残ってきた。

これに自覚できず、そしてこれを誇りに思えないで、どうして保守を名乗れようか。

カタカナカタカナ表記排斥するのははっきり言って度量が小さい。そして発想力も乏しい。

それらを日本語と認めた方が右翼として強い。

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