哲学に限定する訳ではないが、いわゆる答えが非常に見つけづらい、もしくは存在しない会話がある。
例えば「幸せの定義」「トロッコ問題」「好みの男性、女性」など。
これらを議題というかテーマというか、酒でも飲みながら雑に会話をしているとだいたい出てくるのが「人それぞれ」というフレーズだ。
本当にクソ。もう二度と口を開かなくてもいいんじゃないか、と思う。
君は会話に参加しなくても良い、と切に思う。
この手の会話の本質は「自分の思想」と「他人の思想」を比べてみたり、確認しあったり、自分なりに高度な思想へと昇華させたいなどという目的で行われる。
にも関わらず「人それぞれ」というフレーズを使うやつは本当に意味がない。面白くない人間の上に、会話の本質を理解してない。アホ。
そんなもんは大前提なわけで、だから「君の思想だとこういうケースのときに困るかもしれない」とか「私の思想とはこういうところが違うね、この部分に着目してみるのどう?」って流れになるはずなのに。
もう会話の放棄に近い。まあ馬鹿が会話に参加できないから参加してる振りを「人それぞれ」で行うケースは何度か見てきたので、そういうやつには同情する。
ただ、もう会話を楽しんでる最中で「人それぞれ」を使うぐらいなら入ってくるなと言いたい。よくわからないなら黙ってスマホでも弄っとれ。
思ったことを率直に言えばいいだけなのに、正解が一つに限らないからと、正確なことを伝えられないからと「人それぞれ」と言うやつはマジで意味分かってなさすぎる。
だからその「それぞれ」の部分を聞いてるのだろうが、自分の「それぞれ」の部分についてみんなはどう思う?と会話をしてるのだろうが。
まざふぁか
不快な会話だと思っているのでは