2019-10-06

映画ジョーカー感想

「善良な男が周囲の悪意によって追い詰められてジョーカーに…」という話だと思ったらちょっと違った。

主人公のアーサーは元からそんなに善良ではない。

もちろん同情の余地は大いにあるけど、好きな女をストーカーしたり、自分に都合の良い妄想に耽ったりしている生っぽいクズだ。

そして、この映画にはアーサーの「敵」として三人の人物が登場する。

母親ペニー・フレック

富豪市長候補トーマス・ウェイン。

大物コメディアンのマレー・フランクリン

しかし、彼らが本当にアーサーを追い詰めるような悪意を持っていたかというのは曖昧に描かれていたと思う。

というか多分にアーサーの被害妄想的な主観がまぶされていたのではないだろうか。

「こんなに酷い目に遭ったアーサーがジョーカーになるのは仕方ない」という同情は、そのままジョーカー自分自身に言い聞かせていることだし、「いま俺たちが悲惨境遇なのは悪意を持った誰かがいるからだ」というのはゴッサムティの暴徒たちと同じ思考だとも思う。

アーサーが、周囲のせいでなく最初からジョーカーになるしかない人間だったというなら、それは「ジョーカー」という悪意の塊みたいなヴィランが下敷きになってるからだ。

あくまでこの作品ジョーカーオリジンを描いた映画なのであって、「ジョーカーになるかもしれない現実人間」を描いたものではないと思った。

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