何をしても満ち足りないのだと彼は言った、峯田みたいなことを言ってんじゃねぇ、と思った。
俺が獲れなかった賞を取り、大金をもらい、そうだ、最初から才能に満ち溢れていた、ずっとずっと羨ましくて悔しかった。
昔からは考えられないほど彼の周りには人が沢山いて、みんなが彼に媚を売っている、きっと恋人だってすぐ出来るだろう、彼は金持ちになったのだし。彼の作品を至るところで見かける、絶対にあるだろうと思う場所を避けて暮らしても、ラジオやテレビ、挙句は雑談で耳に入る。本屋で彼のインタビューが載った雑誌が平積みされており、裏返して帰った。ここも侵食されてるのか。
なのに「足りない」と彼は言った。
ずっとずっと満ち足りないのだと、ずっとずっと苦しいのだと、何をしていてもどこにいても誰といてもずっと苦しい、制作している間だけ、それから解放される、だから作るしかないのだ、と。
そうか、俺と彼の違いはそこだったのか、ふざけるな、俺は、俺ほど、それを、そのことを好きなやつはこの世にいないだろうと思っていたのに、もう、感情が死んでて何を言いたいのかも分からん。あんなにずっと自分の中にあった嫉妬心や焦燥感、眠れないほどの悔しさは全部どこかへ行ってしまった、返してほしい、あんなに要らなかったのに、今は取り戻したくて仕方ない。「勝てない」「何をしても勝てない」気づいた瞬間全ての感情が死んだ。
俺はお前みたいに、そこまで制作に人生をかけることはできない、やっとそれだけ口に出したら、彼は「羨ましい」と言った。
もう死んでしまいたい。
何もかも手に入れて、俺が、ずっと昔から、そこまで行ったら幸せだろうと憧れていた場所に辿り着いたくせに、彼はずっとつまらなそうな顔をしている、満ち足りないのだと、寂しいのだと涙を流している。
俺をここまで叩き潰したのだ、幸せでいてもらわないと困る。
幸せだ、幸せだ、何もかも最高で満ち足りている、と見せつけてほしい。そしたら死ぬ。
俺が目指していた場所で今日も、空っぽのまま彼は制作し続けている、俺は、唯一のエネルギーだった嫉妬心や焦燥感を失い、何もする気が起きず、ずっと家で転がっている。
どうか幸せになってくれ。
単純に目標まで行けてもほとんどのことって虚無感しかない 精神が満ち足りた状態に持っていくのってすごく繊細で難しい舵取りが必要だなって思う