2019-03-14

なぜ人は自分自身名前を付ける権利を有さないのか

王子様という名前男性改名したというニュースが流れてきた。

キラキラネームの是非やそうした名づけをする親についてはともかく、

疑問なのはなぜ人は自らに対し名づけの権利を有さないのだろうかということ。

自己を所有するのは自分自身という自己所有の考え方に基づけば、

当然自己に対する名づけの権利自分自身帰属するべきだ。

だが急進的なリベラルリバタリアンですら自己への名づけの権利について

主張しているのを見たことがない(私が知らないだけでそういう運動があるのかもしれんけど)。

権利能力が制限される子供時代保護者がつけた名前使用するべきだと思うけど、

20歳をむかえ成人したら自分名前を付けるようにできないものか。

もちろん保護者がつけた名前をそのまま使いたいのならそれでもよい。

現在婚姻の際の氏名変更はあるし、改名手続きができるのは20歳誕生日から1か月以内、

それを過ぎたら親がつけた名前を引き続き使用するものとするって制度にして

希望者のみ申請する形式にしとけば行政手続きもさほど混乱しないだろう。

元服して幼名から改名するっては古来の日本の伝統から保守派も説得しやすいだろう。いいじゃん。

  • 保守の伝統って戦後のものだからなあ

  • 木下藤吉郎→豊臣秀吉

  • 好きな名前を勝手に名乗ればいいだろう なんで名乗らない? 国の書類に何と書かれていようとそれは日本政府が勝手に決めていることで神様が決めたことではないし自分は了承していな...

    • まあ国自体、永年使用による改名を認めてるロジックにそういう要素が含まれるな

記事への反応(ブックマークコメント)

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