2019-01-10

歴史修正主義が見逃される境目はどこなのか?

最近歴史自分の都合の良いように解釈、改変して利用すると「歴史修正主義だ!」と批判される事は増えた

それ自体時代の流れなのだろうと思う

ただ例えば西日本各地にある「平家の落人伝説」などを「歴史修正主義だ!」と批判する人はあまり見かけない(探せば居るのかもしれないが)

大抵の場合、その土地住民が箔を付ける為に騙った話であった可能性が高いにもかかわらずだ

太宰府名物の「梅が枝餅」は太宰府左遷され落ち込んでいる菅原道真に、老婆が梅の柄に餅を刺して格子越しに差し入れたという伝説から来てる

おそらくこれも史実ではない

だが梅が枝餅を売っている店を「歴史修正主義だ!」「歴史剽窃した商売だ!」と批判する人はよほどの偏屈者くらいだろう

しか近代以降、特に太平洋戦争辺りの話になると、少し都合の良い解釈をした程度でも厳しく批判される傾向にあると思う

これは一定以上昔の伝承に関しては、歴史修正主義批判対象外という事なのだろうか?

仮にそうだとしたら、その境目はどの辺りなのだろう?

百年一昔というから、約百年前くらいまでが境目なのだろうか?

数百年後には太平洋戦争にまつわる史実とは言い難い伝承の類いが、社会的に許容される様になるのだろうか

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