2018-07-10

anond:20180709132143

こんばんは、貯金箱です。正確には前世怪獣の形をした貯金箱でした。お金を食べる生物として寓話的にも唯物的にも適任かと思いましたので、食にまつわる思い出を、少し。

この業界では「喉元すぎれば半人前、口からこぼして一人前」といわれています。持ち主の三日坊主や途中解約などにより、お金に満たされて天寿を全うする例は多くないぞ、という戒めです。常に飢えた私たちは体内の空白に敏感で、あと何円でそれを埋められるか計算ばかりしていました。お互いを見張り、その食事内容に一喜一憂し、とても健やかとは言えなかったと思います

稀に、高額紙幣を口にする機会もありました。あのゴワついた紙が口に押し込まれとき、他の仲間を出し抜いた心地良さで口の端が歪み、秘めやかな興奮が心に渦を巻いたものです。一度その味を覚えると、少額の硬貨を口にすることは砂を噛むような苦行となりました。

実は私、あと数百円で完全に満ち足りるまでお金を食べた経験もあるのです。最後の時を待つ私の態度は高慢のものだったでしょう。周囲の貯金箱が等しく低俗存在として映り、それと比べて自らには高貴な甘い蜜が流れているようでした。ところが、いよいよというところでフト持ち上げられてお尻を外され、衆人環視の中で全てのお金を抜きとられたのです。ジャラジャラと続く思いやりのない音が頭から離れず、心細さと恥ずかしさに我を忘れて泣きました。

その暗い空白に灯りをともしたのは小さな5円玉でした。数日後、再び最初の一枚が私に施され、カラン!と無邪気に舞い降りたのです。それは明るい音でした。恐る恐る体を揺らすとカラコロと鳴りました。5円玉縦横無尽に転がりまわり、私は初めて空白の輪郭を知りました。やがて空白は香ばしい稲の香りでいっぱいになり、一層愉快になった私は体を揺らし続けました。不器用に揺れる茶色怪獣はことさら不気味であったでしょうが、かすかに響くカラコロという音を聞けば、それが私と五円玉によるウエディングワルツのようだと気づいた人もいたでしょう。お金は、無いことに焦れるより有ることを喜ぶほうが楽しい、そう思いました。

野菜350g」が「健やかになるための食事」のことであれば、私にとってのそれはあの時の5円玉1枚です。以来、私は1円玉も1万円札も等しく消化することができました。ですので、真に満足する食事とは、何を食べるかよりどう食べるかではないかと、今ではそう思うのです。

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