2017-12-30

帰省する度に自分コミュ障気味な理由再確認する。

1年振りに帰省した。

昨年は実家のゴタゴタ(主に母と兄の問題)があって帰省しなかったのだが、いい加減母も歳だし、いつボケるか、足腰を傷めるかわからないので、一応様子ををみるために帰省した。

多少耳は遠くなっていたし、やや歩くのが遅くなってはいるが、母は元気だった。

ところで、「何故自分子供の頃から会話が上手くなかったのか」というのが長年の疑問だったのだが、何度か帰省して「ああ多分このせいだな」と気づいた事がある。

帰省すると、母が話しっぱなしなのだ。1時間、なんなら2時間、五秒のブレイクも挟む事がなく、切れ間なく話し続ける。

だいたい生返事でやり過ごすんだけど、そうすると母の話のペースがさらに上がり、何を話してるのか見失うので、なんとかすこし話すのをやめさせないといけないのだが、母には「会話のキャッチボール」と言う概念がないので、ターンをこっちに持ってくるポイントがない。

なので、母が何を話していようと無理矢理話しをぶった切ってこっちの話をするしかない。

その事で別に気まずくはならないのでいいんだが、「これは会話じゃないな」と思う。

これでは会話の方法など学びようがない。

母が相変わらずの母でよかったし、確認という目的は果たせたのでいいんだけど、普段会社でまともにキャッチボールのある会話をしてる身としては、とにかくエネルギーを削られて2時間限界なので、そうそうに母の話をぶった切ってホテルに戻る事にした。

ちなみに長年の引きこもりから脱した兄もいるんだが、自分のペースで喋り続けるのはこっちも一緒で、時々、こっちじゃなくタブレットに向かって「カスが、死ねよ」とか言ってるんだが、誰に何を言ってるのかは不明

まり帰省しても厳密な意味での会話をする相手はいない。

帰省ゆっくりできるんですか、いいですね、僕の帰省はそう言うんじゃないんで。調査みたいなもんです。

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