skycrawler333 「スゴ過ぎる」っていう言葉が安くなってきていると感じる今日この頃。
私に出来ないことが出来るから「凄い」ぐらいでいいんじゃないのかな、と最近良く思うんだ。
今の世の中ってネットで世界中の情報がかなり細かい所までほぼリアルタイムで届いてくるから、何でも見えすぎてとんでもなく凄い物以外はどうでもいい存在価値がゼロに等しいものみたいな扱いを受けやすくなってる。
でもそれって、見てる側でいるうちはいいけど自分が何かする側になったらかなり辛くなるよ。
何ていうのかな「40代のおっさんですが最近将棋でアマチュア1級取れました」→「へー、でも10代でプロになる人がいる事考えればカスも良い所だね。なんでわざわざそんなゴミ情報発信したの?検索の邪魔だからどいて」みたいなのが増えすぎてるというかね。
それがネットの中に有るうちは良かったんだけど、ネットと現実が近くなりすぎた結果、そういった「果てしなく凄い物以外は凄くもなんともない」みたいな価値観がリアルでも吹き荒れるようになってきてる気がするんだ。
それはとても息苦しいことだよ。
その息苦しさはお互いの首を締め付けあって最後には誰もが疲弊する時代になりりつつある。
もっといいものをと求める気持ちは大事だけど、更に上がいくらでもあるからって理由で、十分に凄いものを凄いという事を躊躇うような世の中は狭苦しくて人が不幸にしあう社会でしかないよ。