2017-10-17

漢湯

男たちが、銭湯にやってくる。どこからともなくやってくる。

それぞれの仕事を終えて、あるいは休みの日に、やってくる。

ニートのやつだっているかも知れない。失業中のやつだっているかもだ。

脱衣所で、男たちは脱ぐ。それぞれの装束を脱ぐ。

作業衣のやつ、ジャージのやつ、ももひきはいたじーさん。

何か男たちは、そのバックグラウンドを匂わせて、そしてそれを脱ぎ去る。

トイレに行くやつはここでいく)


男たちは身体を洗う。無言で洗う。

男たちは髪を洗う。無言で洗う。

男たちは、時には椅子にすわり、時には床にそのまますわり、その身体を検める。

それぞれの持つスタイル文句を言う男は誰一人としていない。

男たちは湯船に入る。ざぶんと不透水層を貫いて、お湯は湯船の外に噴出する。

そして男たちはサウナに入る。したたる汗はどこへ行くのか。

男たちはサウナで黙る。ときたまバラエティ出川とかが面白いことすると、男たちのうちの誰かから、笑いのため息が漏れる。

ただそれだけだ。


そして。


そしてだ。

我が銭湯では、なぜか男たちが挙って水風呂に入ることがある。

誰かが「やろう」と言うわけではない。

諸人が挙りて水風呂へ導かれるのだ。

湯船を経てサウナを出た男の肌は熱を持っている。計り知れない、熱を持っている。

そんな男たちが水風呂殺到する。

2つの事柄が、時を同じくして起こる。

まずは水風呂の水の減少だ。

浴室の温度を下げるほどかと思うほどの、冷水の奔流。

男たちの身体がこれを引き起こす。

次いで起こる現象が、水風呂に残された水の温度の上昇だ。

我が銭湯では恐ろしいことが起こる。

風呂が温かくなるのだ。

男たちの身体から放たれる熱気の放射で、水風呂が30度くらいまではいくのだ。

私はこれを「漢湯」と密かに呼んでいる。

男たちは、誰が示し合わせたわけでなく、上気した身体で合力し、水風呂の温度をひたすら上げていく。

男たちは黙っている。黙ったまま、水風呂の温度を上昇させる。

そこに何の意味があるだろうか。

さっぱりわからない。

ただ、さまざまなバックグラウンドを持つ男たちが一瞬重なることで、水風呂の温度が上がる。

ただ、ただ、それだけだ。


「烈女湯(おんなゆ)」があるかは知らない。もちろん可能性はあるだろう。

  • 烈女と書いておんなと読んでるのは初めて見た

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