やりたいことではなくて、できることをやっていったほうがよさそうという話がある。
今、任期付きの研究者として任期切れを目前にしている。次を探しているが、結果は全く芳しくない。もちろん実力のたまものであり、邪推するよりずっと公平な世界が広がっているのだろうという感覚がある。
何かの役に立つということを目標に、幸運にも今の立場を得た。全く役に立っていないということはないと信じているが、非常に役に立っていて欠かせない人間だというわけではもちろんない。そのことは就職活動がはっきりと示している。
最近、私が主体になって行ったある論文の内容についての質問をメールでうけた。それに回答し、論文の内容はまだまだ予備的なレベルだけど、と付け加えて送信ボタンを押した。実際内容は、客観的に見ればそれが何か別の知見に結びつくかは大いに疑わしいと考える人が大半だろう。もちろん、私自身はほんの少しは意味があることだし、場合によっては役に立つかもしれないと信じているわけだけど。
私の返事に対する短い返信はすぐ届いた。Quick response への礼に、私が論文で提案した方法が何らかの情報を与えそうだとのコメントが続いた。
役に立つとはどういうことか、ということをずっと考えている。Wikipedia では21世紀の課題として、今盛り上がっている地球温暖化、エネルギーなどが挙げられている。私のテーマも、恐らく質問者のテーマもそういった解くべき課題と直接は関係しない。何をもって役に立つとするかは、非常に難しいし、いずれも何の影響も与えない可能性が高いだろう。
ほどほどに役に立てるかもしれないが先細りでいすが無くなるかもしれない道と、客観的に見て勝算は薄いがもう少し役に立つということを具体的に想像できる道、どこに行くべきか迷っている。