塩対応される。
なんでその「楽しいこと」に私も入れてくれないんだろう。
一般的に団体とか組織とかあるなら普通に「自分から入れ」って話なんだけどさ、それはわかる。
ベンチャーのトップにたまにいる、「一人ひとりを見る。人を大切にする。それを続けることでみんながハッピーな世界をつくる。すべての出会いに感謝!」って人。
そういう人に外部から関わった(話を聞きにいった)とき、大抵は蔑ろに対応されて「ん??」ってなる。
これは私が悪いの?
確かに、私に良くしても旨味はなさそうに見えるし、実際ない。
というか私自身に旨味はなくても、私の知り合いと出会えるきっかけは作れるじゃん?お前がやってる「楽しいこと」ってそういうことじゃないのか?
けどお前はそうやって人をパッと見で対応を変えるのか?忙しい中そんな使い分けできなくない?効率悪くない?
それともお前的には将来「みんながハッピーな世界をつくる」んだから、今の私一人のアンハッピーくらい安いってことか?
ん?でもそもそも「人を大切する」んだよな?私は人じゃなかったのか?
大切の基準が違う、というのも考えた。でもこういう場合相手の人の利益になる対応をするってことでは?
私の利益は、そりゃもともとの目的(話を聞きに来た)があるから、話を充実させるには…
…いやいや、話すなら塩対応よりせめて最低限の対応はした方が絶対いいと思う。
・やっぱりいろいろ考えても、「私はあまり重要そうに見られなかった、だから塩対応した。」ってのが一番納得できてしまうのがつらい。
しってた。知ってたけど。私は話を伺いに、相手の貴重な時間を奪ってきてるから何も言えないけど。
実際相手は魅力があるから、勝手にやってくる「強い人(行動力も能力も影響力も)」を大切にすればいいしね。
しかし多分私みたいな(話を聞きにくる、重要そうじゃない)人、少なくないと思うんだ。
そうなったとき、そういう限られた「人を大切にする」で世界までは影響力を与えられないんじゃないかなー。
あれって日本語訳すると利用できる人間はすべて利用するだからな
そら会社を代表する者が私は人を大切にしませんなんて言ったら炎上するしな。 ハッピーな世界にするのは、金寄こしてくれたらそいつにとってハッピーな世界になるって事だし。 そ...